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非日常のはじまり  作者: ありま氷炎
第2章 解かれた封印
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2

 旧校舎の裏には奇妙な空間があった。

 そこは誰も立ち入らないようにフェンスで囲まれた2畳ほどの空き地。長い間手入れもされていないようで、草木が自由にその葉を広げ、さながら小さなジャングルのようになっている場所であった。

 神通と欲食はその中で何かを探していた。高く伸びた草が二人の姿を隠し、外からは二人が中にいるのは見えないくらいであり、欲食はジワリと感じる暑さに顔をしかめている。


「あったかい?」


 首に巻きつく、ウェーブのかかった髪をうっとしそうに払いながら、少女の体を乗っ取った欲食よくじきが問う。


「ああ」


 少年の体に乗り移った神通が、その端正な顔に汗を滴らせながら短く答える。二重瞼のくっきりとした瞳は緑色の苔に覆われた石に向けられていた。その長くて細い指を使い、苔を払うと、文字が彫られているのが見える。

 石は石碑であり、霊を鎮めるためにそこに建立こんりゅうされていた。


「清吉か。無残なものだな」


 その力を使い、石碑によって鎮められた霊の姿を見た神通が皮肉な笑みを浮かべる。


「どんな奴が眠ってるんだい?面白い奴かい?」

「可哀そうな男だ。だが利用価値のある者だ」


 神通はそう答えると、石碑に手の平をかざす。


「清吉よ。蘇るがいい。そしてその恨みを晴らすのだ」


 声に反応し石が砕ける。砕けた破片は少年少女―神通と欲食の頬や腕をかすり、離散する。


「神通。あたいの顔に傷がついたじゃないか。結構気に入ってるのにさあ」


 欲食は頬の皮膚がうっすらと切れ、血が出たのを見て不満を漏らす。しかし前方の神通は顔色も変えず、一点を見つめていた。

 舞っていた砂埃が徐々に収まり、光がぼんやりと現れる。それは人の形を取り、若者の姿になった。半透明の若者は、銀杏髷(いちょうまげ)頭で年頃は十代後半、痩せこけた顔に擦り切れた着物を着ていた。


「清吉。わしの名前は神通。お前の力、貸してもらうぞ」



「じゃ、明日から頑張ろうね」


 馬面の教師は二人ににこにこ笑いかける。


(笑うと人がよさそうに見えるんだ)


 昨日までみていた白馬とはまったく違う印象の教師に、花埜はそんなことを思う。


 三人は花埜の家に向かって歩いていた。午後八時をとっくに過ぎ、女の子を先に送った方がいいということになり、能天気な馬貴と大の後ろを花埜はとぼとぼと歩いていた。


「馬貴さん。ところで白馬、違った……。馬場先生の意識はどこにあるんですか?」


 ふと立ち止まり、大がそう尋ねる。


(そうだ、考えてなかった)


 花埜も足を止め、馬貴を見上げる。


「ああ、体の中だよ。ちょっと眠ってもらってる。大丈夫、体を返す時は彼が困らないようにするつもりだから」


(いや、多分無理だと思うけど。だって、全然性格が違うし)


「花埜ちゃん。大丈夫だって。他の人の前では先生らしくするからさあ」


 馬貴は振り返るとはははと笑う。


「あ、また俺がわからない会話だ。八島。口に出して物言えよな。じゃないと俺だけ仲間はずれみたいだ」


 拗ねた様子の大に馬貴が爆笑する。


(仲間はずれって、小学生じゃあるまいし)


「花埜ちゃん。大ちゃんの言うとおり思ってることは言った方がいいよ。それとも僕が逐一説明する?」


(とんでもない!)


 思ってることを全て大に知られるのは嫌だと思い、花埜は目を見開くと首を左右に振る。


「だったら、口に出してね」

「はい」

「よしよし。良い子」


(いい子って)


「花埜ちゃん?」

「わかってます」

「じゃ、明日からあなたたちにやってもらうことだけど、まずは周辺に気をつけて。頭のいい神通じんつうのことだから、あなたたちに危害を加えようとするかもしれない」

「え?!それって危険じゃないですか!」

「うん、まあね。だから僕が来たんだけど。でも大丈夫!あなた達には力があるし」

「力。そうか。スーパーパワー!」

「そうそう。多少のことでは大丈夫だよ」


(多少って)


「花埜ちゃん?」

「た、多少ってどういう意味ですか?」


 花埜は馬貴の離れた目に見つめられ、溜息をつくと口を開く。


「うーん。向かってきた標的を認識してる場合は自動的に力が働くけど、意識がない場合とかは、やられるかもしれない」

「!それって危険じゃないですか!」


 大は蒼白になって叫ぶ。


「そう。だから、気をつけて」

「うわあ、おちおち寝られないよ」

「そうか、そうだね。考えてなかった。どうしようか?」


(どうしようかじゃない!)


「花埜ちゃん?」

「どうすればいいんですか?寝れないって死んでしまいますよ」

「おや、花埜ちゃん。死んでもいいって思ってなかったっけ?」

「!」

「八島!お前そんなこと考えていたのか?だめだぞ。俺たちはまだ高校二年生。そんなこと考えるなんてもったいない!」


(余計なお世話)


「花埜ちゃん?」

「はい。わかってます」

「あ、そうだ。僕、いいこと思いついたよ。馬場さんのお部屋でお泊りっていうのはどう?僕は寝なくてもいいから二人のことを見ててあげるよ」

「あ、それはありがたい」

「私は嫌、です!」


 馬場の部屋、しかも大と同じ部屋だと思い、花埜は慌ててそう言う。


「あ、そうか。そういうことね」


 そして花埜の心を読んだ馬貴がにこりを笑う。


(先に読まれた。やっぱり心読まれるのはいや。でもしょうがない。四日間の我慢だし。生理中だから、同じ部屋は絶対に嫌。うちなら部屋も多いから)


「馬貴さん?八島?」


 納得している馬面の教師の様子に、取り残された少年は不服そうに口をとがらせる。


「花埜ちゃん」


 自分で言うように馬貴が目で催促し、花埜は溜息をついた。


(言わなきゃ、言わないと。嫌だけど、馬場先生の部屋に泊まるよりはまし)


「私の両親、今家にいないから。家に来ればいいと思う……」

「八島ぁ?」


 予想外の言葉に大が素っ頓狂な声が上げる。


 しかし、馬貴はうんうんと頷いており、こうして少年少女は期間限定の同居生活をすることになった。



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