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非日常のはじまり  作者: ありま氷炎
第1章 死人返り
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4

 ちゅんちゅん、鳥のさえずりか聞こえる。

「八島、八島」

 同時に体を揺すられる感触がした。

「?!」

 何事だと、花埜がぱちっと目を開ける。

「あ、起きた!八島、もう夕方みたいだぜ。俺、野球部の練習に行かなきゃ」


(この人だれだっけ)


 覚醒しない頭が目の前のスポーツ刈りの少年を認識しようと動く。


(ああ、田倉大だ……)


 頭がそう答えを出すと、落下したこと、馬面をみたことなどを思い出す。

 しかし、目の前の少年の爽やかな笑顔を見ていると、ああ、夢だったのかとそんな気になってくる。

「野球部の練習は7時には終わるから、八島。お前、それまで待てる?俺たち、4日しかないから、もう始めたほうがいいと思うんだ」


(始める?)


 大は首を傾げる花埜に、ごそごそとポケットから縄を取り出して見せる。

「もしかして夢だと思ってる?俺も起きた時そうだと思ったんだけど、ほら、これ」

 なぜか照れた様子で頭をガシガシかいた後、大は縄を両手で掴んで広げる。


(縄だ。確かにあの夢でもらった……。やっぱり現実に起きたことなの??)


 花埜は顔を引きつらせながら、スカートのポケットを探った。

「?!」

 そして茶色の巾着袋を見つけ、愕然とする。


(夢じゃないんだ!)


「八島。俺、スポーツ推薦で学校来てるから部活サボるわけにはいかなんだ。だから、ごめん。7時まで待ってて!」

 大は、地面に座り込み袋を握り締めている花埜にそう言うと、慌ててグランドのほうへ駆けていった。

「た、田倉くん!」

 やっとの思いでそう名を呼ぶと、大が足を止めて振り返る。

「図書室で会おうぜ!」

 大はにかっと笑顔を見せ、大きく手を振ると、くるりと花埜に背を向け、再び走り出す。


(図書室って……。7時まで開いてるのかな)


 そう思いながらも、先ほど見たもの、体験したことが夢でないなら、一度彼ときちんと話をする必要があった。


(図書館で本でも読んで時間を潰そう)


 花埜は大きくため息をついたが、そう決めるとまずは教室に戻って鞄を取ることをした。



「田倉!遅いぞ!」

「すみません!」

 野球部顧問に怒鳴られ、大は慌ててグランドを走っている野球部の面々に加わる。気合をいれながら、グランドを10周し、一行は少し疲れた様子で次なるメニューに入った。そしていくつかのウォーミングアップメニューが終わらせ、やっとミットを持って、キャッチボールが始まる。


「先生。遅れてすみません!」

 珍しく遅れて、マネージャーが小走りでグランドに現れ、野球部顧問の横に立つ。

 大と一緒にキャッチボールしていた3年の吉谷よしやがふとボールを持って動きを止めた。大は吉谷の視線を見て、自分の後方にマネージャーがいるのがわかった。しかし、彼は大の戸惑った様子がわかり、再びキャッチボールを再開する。

「え?!」

 しかしボールは何度か二人の間を往復した後、不意に在らぬ方向に飛ぶ。吉谷が投げたボールは大が伸ばした手を超え、地面にぶつかった後、ころころと転がっていった。

「田倉、悪りぃ!」

 吉谷はなぜか真っ赤な顔をして、謝る。

「大丈夫です。俺、取ってきます!」

 大はその様子を訝しげに思いながらも、ボールを取るためにマネージャーの海山柚実の横を通り過ぎる。

「?」

 柚実がふと大に笑いかけた気がした。その笑顔に妙な違和感を覚える。しかし、気のせいだろうと大は首を横に振るとボール拾いに走った。



 ひんやりとした空気が図書室を包んでいた。

 まだ春のこの時期、肌寒いのはしょうがなかった。しかし、花埜は奇妙な違和感を覚えていた。

「八島さんだっけ?」

 本を読んでいるとふと声をかけられ、花埜は顔を上げる。端正な顔がすぐ側にあり、心臓が跳ねる。


(新邑先輩だ)


「隣に座っていい?」

 しかし当の本人は花埜の気持ちに気づくことなく、にこりと笑う。花埜は自分の頬が赤く染まっているのを感じながらもこくんと頷いた。

 新邑駿輔は、図書館でよく見かける先輩だった。話したことはなく、ただ他の人が彼の名を呼ぶので、その名前がわかった。美しい顔で少女マンガに出てきそうと思いながら、花埜は図書室で見かけるたびにそっとその顔を見つめていた。

 まさか、彼から声をかけられ、隣に座る機会が巡って来ようとは思わず、彼女の心臓は飛び出しそうなくらいは早鐘を打っていた。


(そういえば新邑って、魂の名前もそうだったよね。下の名前も確か駿志。偶然にしては似すぎてる。親類か何かかな。でも聞けないよね。そんなこと)


 花埜は本を読んでいる振りをしながら、ちらりと駿輔の様子を窺う。すると、彼は視線を感じてか、本から顔を上げる。

「!?」

 そして笑ったとき、その美しさに見惚れると同時に花埜は嫌な感じを受けた。それは、警告、それに近い感情だった。


(でも、なんで)


「八島さん、僕はもう帰るね。君もそろそろ帰ったほうがいいよ」

 かたんと席を立つ音がして、駿輔が椅子から立ち上がったのがわかった。そのとたん、違和感は消える。

「新邑くん、受験がんばってね」

「はい。ありがとうございます」

 受付カウンターを越え、図書室を後にしようとする駿輔に学校司書の牧が声を掛ける。彼は人当たりのよさを見せ、牧に律儀にペコリと頭を下げる。そして足早に図書室から出て行った。

 花埜はその背中が見えなくなるのを見送ってから、新邑駿志のことを聞けなかったと小さく息を吐いた。



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