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非日常のはじまり  作者: ありま氷炎
第1章 死人返り
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3

 6時限目が終わり、鐘が鳴る中、薄暗い廊下で二つの光がぼんやりと浮かんでいた。

 じめじめとしたその廊下の突き当たりは日の当たりが悪く、その光は暗い影の中、提灯の明かりのようであったが、不意に揺れると人の形をとった。二つの光は20歳前半に見える若い男女の姿だった。そして半透明のそれは俗に幽霊と言われる存在に他ならなかった。

「さあて、神通じんつう。これからどうする?」

 女の方が向かいの男に問う。

 女は真下ました理璃香りりか、男は新邑しんむら駿志しゅんじと言う名を持っていた。しかし、裁きの間で欲食と神通にそそのかされに魂を乗っ取られ、今やその意識は魂の底の方へ沈んでいる。

 魂に同化した二人が、裁きの間から現世に抜け出ると、そこは高等学校の校舎であった。人間、しかも若者が多く集うところはおいしい精気が宿る。二人はそこに居座ることを決めた。

「そうだな。肉体がないと面白くないからな。人間の中に入りこむとするか」

「ふふ。そうこなくちゃね。ここは学校だろう?若い娘や男がいっぱいいるよ。どれにしようか」

 妖艶に欲食が笑い、窓から下を見下ろす。

 眼下はグランドになっており、体操服を着た少年少女が走ったり、球技をしたりしているのが見えた。

「……兄さん?」

 ふいに二つの存在に声がかけられる。

 声をかけたのは、少年だった。制服を着ており、年頃は17,18歳。さらさらな黒髪を揺らし、端正な顔に不安な色を浮かべ、男の方を見ていた。

「……お前はこいつの弟、駿輔か」

 神通が魂の記憶を手繰り、そう声を漏らす。

「面白いね。あたい達が見えるのかい。神通、あんたはこいつにしたら。綺麗だし、あんたの昔の姿に似てないこともない」

「そうだな。わしにふさわしい体のようだ」

 神通は、にやっと笑うと少年に向かって近づく。

「駿輔。お前の兄は死んでしまったのだ」

 兄の姿をした神通は少年に優しい声をかける。それはまじないのように彼の体を拘束した。

「に、兄さん…、死んで……?」

 少年はその言葉に、半透明の存在、俗に幽霊と呼ばれる存在になってしまった兄を愕然と見つめる。

 昨日の朝、兄が旅行に行くと言って出かけた。連絡がないことはいい知らせだと駿輔家族は楽観視しており、彼自身も通常通り学校にきていた。

 だから新館1に入り、図書館に行くために階段を昇って来た時、兄の姿を見て驚いた。

「そうだ。死んだのだ。だが兄はまだ生きたいと思っている。だから、その体をもらうぞ」

「………?」

 駿輔は、兄がにたっと笑うのがわかったが、その言葉の意味については理解できなかった。

「?!」

 しかしふいに自分に手をのばされ、彼はやっと、その意味に気付く。

「兄さん!」

 すうっと兄が自分の中に入る。気持ち悪さに駿輔は吐き気を催し、座り込む。

「大丈夫だ。すぐ済む」

 脳裏でそう声が聞こえ、駿輔は掠れる視界の中、窓際に佇む半透明の女が艶やかな微笑を浮かべるのを見た。この世と思えぬ美しさに、彼は一瞬だが痛みを忘れ見とれてしまう。しかしそれを最後に彼の意識は途切れる。


「終わったのかい?」

 すくっと立ちあがった少年に欲食がそう問いかける。

「ああ……。いい気分だ。色を、匂いを、空気を感じる」

 駿輔だった少年は、大きく深呼吸すると晴れやかな笑顔を浮かべる。

「ああ、羨ましいねぇ。あたいもいい体を見つけるとするか」


「新邑くん?」

 欲食がそう言ったところ、今度は甲高い少女の声が聞こえた。欲食は少女の姿を見て、にたりと笑みを浮かべる。

「みーつけた!あたいはあの子にするよ。肌がつやつやしてて、可愛い顔をしてる」

 少女―海山みやま柚実ゆみは駿輔と違うクラスだが同じ学年だった。部活が始まる前に、図書館に本を返却しようと思って来たら、駿輔の姿を見て驚いた。

 駿輔は容姿が整っており、成績も優秀、性格も穏やかで優しいということで、3年生の中では人気の男子だった。柚実も例外ではなく、ひそかに淡い想いを抱いていた。そんな彼と会えたことが嬉しくて声をかけたのだが、彼女にとってそれは不幸でしかなかった。 

「?!」

 柚実は何が起きたのかわからなかった。彼が自分を見るのがわかり、その尋常ではないような美しさに見とれた。

 そして次の瞬間、体が軋むような痛みが走り、立っていられないくらいの頭痛に襲われる。

「た、たす……」 

 しゃがみこみ、すぐ傍にいるはずの駿輔に助けを求める。 

 しかし、柚実の思いはそこまでだった。


「ああ、最高だねぇ」

 数秒後、すくっと柚実だった少女が立ち上がる。その表情は少女には似つかわしくない、円熟した妖婦のようであった。少女は隣に立つ、美しい黒髪の少年に楽しげに笑いかける。

「さあ、神通。何して遊ぼうか」



「神通と欲食が消えた?!」

 裁きの間の執務室で、魂の選別をしていた牛輝ぎゅうきとその補佐・馬貴ばきの元へ部下の馬叉ばさが不意に訪れた。その緊迫した様子に執務を一時中断し、面談を許す。馬叉は馬貴同様、馬の頭をした人間で、報告を終わらせ、うな垂れていた。

「牛紗は何をしていたんだ!」

 相棒の責任を問う牛輝の叱咤に、馬叉はかすれた声で答える。

「……申し訳ありません。欲食に喰われたようで」

 牛輝はその答えに眉をひそめ、その隣の馬貴がにやっと笑う。

「まあ、欲食は綺麗だからねぇ」

「馬貴!くだらないことを言っている場合ではないぞ。奴らが単独で地獄から抜け出るのは無理な話だ。奴らは魂に同化し逃げたに違いない」

「!そうか!それはまずいよねぇ。花埜ちゃんと大ちゃんにはちょっと荷が重いかも」

「荷が重いどころじゃないぞ。下手したら魂を4つとも失う可能性がある」

「それだけじゃすまないかもしれないしね。閻魔大王様が戻って来たら……」

「馬貴!お前が現世にいけ。お前があの者達を助ければなんとか、なるかもしれない」

「え、僕があ?めんどくさいなあ」

「馬貴!」

「わかったよ。わかった~」

 馬貴は牛輝の言葉に大きく肩をすくめる。そうして、目を閉じると姿を消した。

 牛輝は面倒くさそうな補佐の様子に不安を覚えながらも、今はその補佐と少年少女に託すしかないと大きな溜息をつく。

「馬叉、牛紗の目を覚まさせ、引き続き亡者の監視をしろ。神通と欲食が消えたことはくれぐれも内密にするように。わかったな?」

「はっつ!」

 馬叉は頭を垂れると裁きの間を後にする。


 閻魔大王が天国から戻ってくるまで後4日、その間に何事もなかったように執務をこなし、魂を待つしかない。牛輝が苛立ちながらも次なる魂の選別を行うため、執務室の扉を開くように促した。



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