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午後七時、会えるはずないのに駿志は花埜の家近くまで来ていた。弟と別れ、寮に戻るつもりだった。しかし母のやつれた様子などを思い出し、気持ちが落ち着かなかった。何のために現世にもどったのか。理璃香と新しい人生を歩むつもりだった。だからこそ、間違っていない。そう言い聞かせるが気分は沈んだままで、理璃香に一目でも会えたらと花埜の家まで辿り着いた。
門の前でインターフォンに手を伸ばす。しかし、駿志は押すのをやめた。退院したばかり、しかもこの時間だ。会えるはずがない。門前払いにされるに決まっている。そう思い彼は門に背を向けた。
「田倉……大くん?」
数歩歩いたところで名前を呼ばれる。街頭がつき始めたほんのり明るい道、姿を見せたのは花埜の父親だった。
「どうしたんだい?花埜に会ったのかい?」
「いえ、その……」
「その調子じゃまだ見たいだね。どうだい。一緒に来るかい?君にはお礼もまだ言ってなかったし。君さえよければ夕飯でも食べていってくれ」
(お礼?)
思い当たることがなく、戸惑ったが、理璃香に会えるには嬉しい。駿志は誘いに乗ることにした。
⭐︎
こんなにも気持ちが落ちつかないのは初めてだった。天人として生まれ楽しく過ごしてきた。苦しみや悲しみとは無縁のはずだった。
しかし今抱える気持ちはなんだろうか。
「飛天茜」
穏やかな、しかし強い口調で呼ばれる。茜は一度体を震わせた後、天空を仰ぐ。自分がしたことは知られているはずだった。こうして声をかけられるのが遅いくらいだった。
「神殿に来るように」
「はい」
元から咎め受けるのは覚悟していた。天女は一瞬誰を探すように周りを見渡す。しかし、口を一文字に結ぶと空高く飛んだ
⭐︎
「今帰ったぞ」
娘のクラスメートを伴って帰宅した夫に妻は驚いた顔を見せたが、追い返すことはしなかった。しかし、その心中は穏やではないだろう。娘が心配で病室に泊まりこむような母親だ。本当は歓迎されない客であることは想像できた。
が、父親のほうはそんな彼女の様子に気後れすることなく、駿志が夕食も食べていくと伝え、準備をさせる。
さすがの彼も申し訳ない気持ちになったが、ここまできたのだ。理璃香に会って帰るつもりだったので、笑顔で父親に追随した。
「花埜、クラスメートの田倉くんが来てるぞ」
居間から娘の部屋に向かって声をかける。しかし聞こえていないようだ。部屋はしんと静まり返っている。
「俺、呼んで来ます」
「?!」
娘のクラスメートの強引な申し出に台所から母親が非難するように顔をのぞかせる。しかし、父親が任せておけと窘める顔を見せた。
「じゃ、呼んで来てもらえるかな」
理璃香に会いたいばかりに積極的になりすぎたと後悔した駿志だが、彼の態度に安堵する。が、その寛容すぎる態度はおかしかった。
(考えてもわからない。いい機会だと思って素直に呼びに行こう)
二人で少しだけでも話ができるかもしれない、そんな期待もあり、彼は花埜の部屋に向かった。