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非日常のはじまり  作者: ありま氷炎
第8章 新しい人生
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6

 花埜の部屋は綺麗に整頓されていた。

 カラスの襲撃によって割れた窓ガラスも修復され、何事もなかったようだ。

 午前中、理璃香は退院し、花埜の家に戻ってきていた。父親は既に出勤し、家には母親だけが残る。疲れたでしょう、ゆっくり休みなさいと言われ、彼女は部屋にただ一人。その方が気楽なので、眠い振りをして扉を締めた。完全に一人になり、ベッドに横になる。しかし、眠気などあるわけがなく、体を起こした。


「すごい本の量……」


 立ち上がり、部屋を見渡し驚く。

部屋の一面を占める本棚には本が敷き詰められており、収容できない数冊の本は床に並べられている。部屋の雰囲気も自分の部屋とは大きく異なった。理璃香の部屋はピンク色、ぬいぐるみが溢れる可愛らしい部屋、それに比べ花埜の部屋は青色が基調で、どこか冷たい印象だった。本なども雑誌しか読まない彼女にとって珍しい光景に映る。

 それでもあまりにも暇で、部屋の外に出て花埜の母親に会うのも億劫だったため、何か自分でも読める本がないかと、タイトルを一つずつ確認していく。そして一冊の本に目が止まった。


 『心の風景』


 理璃香はその本を手にとり開く。すると、ぱらっと何枚かの紙が落ちた。


「これって……」


 紙には手書きで何か書かれていた。


『目を開けているのに、何故か真っ暗。

 窓の外見ると太陽の光を浴びて人々が楽しそうにしている。

 ああ、自分の世界はなんて暗いのだろう。

 でも外に出ることはできない。

 太陽の光は熱くて、私を溶かしてしまうから』


「詩?」


 彼女にはその良し悪しはわからなかった。が、花埜の孤独感が伝わり、胸が苦しくなる。


「八島さん」


 言葉に詰り、その場に座り込む。現世は少女にとって楽しい場所ではなかった。

 理璃香が代わりに生き返ったことは正しかったのだ。それが証明されたはずで、気持ちは明るくなるはずだった。しかし彼女の心は暗いままだった。



「に、田倉くん!」


 理璃香が退院したのは今日と聞いており、駿志は花埜の家に行くのは明日に決めた。そして向かったのが、実家だった。

扉のインターフォンを鳴らして出てきたのは弟。兄の姿を見た駿輔は驚きながらも嬉しそうな顔を見せた。


「駿輔、誰なの?」 


 顔色が優れない母が、誰が来たのかと玄関に姿を現す。大と面識がない母親はいぶかしげな顔をした。


「お母さん、僕の後輩の田倉大くんなんだ。兄さんに生前よくしてもらったからお線香をあげたいって」


 駿輔は母親が何か口に出す前に、そう説明する。すると安堵したような表情に変わり、駿志を家に招いた。


(母さん……)


 出かける前に見た母とは別人のように、痩せていた。化粧を欠かせないその顔にはファンデーションすら塗られておらず年齢より老いを感じさせた。


「本日はお越し頂きありがとうございました」


 真新しい仏壇に飾られた自分の写真に奇妙さを覚えながらも線香をあげた。母と何か話をしたいと思いに駆られながらも、家を後にする。

 母は疲れきっており、大である彼が長居しても余計な気を使わせるだけだと思ったからだ。


「母さん、ずっとあんな風なんだ」


 隣を歩く頭一つ分大きい弟がそう呟く。いつも見下ろしていた弟の顔が、下から見ると様子が違って見えた。

 年齢より大人びて見えて、駿志は彼に苦労をかけていることに思い至る。


「父さんは元気か?」

「うん、元気だよ。仕事ばりばりしてる」

「そうか」


 父が元気でいることがわかり、幾分ほっと溜息をつく。


「じゃあ、駿輔。母さんを頼むな」


 今日吉谷達に話したことも伝えて、兄は弟に別れを告げる。母のことが気にかかったが、大である彼は母親の傍についていることはできない。


「だいじょうぶ。心配しないで」


 兄の気持ちを受け取り、駿輔はしっかりと頷いた。


⭐︎


「花埜」


 少女は名を呼ばれ振り返る。

 その顔は確かに自分が愛し憎んだ絹だ。が、今はもう愛しいという感情しか浮かばない、自分の側に居てくれる存在。

 自分と花埜が共にいること、それが矛盾していることに清吉は気がついていた。死者とまだ生きている者が共にあってはならない。絹は死んだのだ。生まれ変わりの少女には彼女の人生がある。

 名を呼んだきり黙ってしまった清吉を心配して、花埜がすぐ傍まで来ていた。自分を見上げる瞳は、絹と同じ。しかし、彼女は絹ではない。


「花埜」


 清吉は少女の瞳を見つめ返す。


(もう十分だ)


「あなたは現世に戻るべきだ。あの少年も待っている」


 花埜のことを純粋に思う、真っ直な気性な少年。彼になら、大切に思える存在を預けられる。


「私は戻りたくないの。ここにいたい」


 花埜はきゅっと着物の胸元を掴む。


「今が、私にとって幸せなの。お願い。ここに置かせて」


 それは懇願だった。清吉は戸惑う。自分のために彼女が残ったとばかり思っていたのだ。


「清吉さん、お願い」


 少女の瞳から涙が零れる。


「花埜」


 彼女自身が望むことなのだと、清吉は先ほどまでの決意を白紙に戻す。そして泣き出した花埜を抱きしめた。


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