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非日常のはじまり  作者: ありま氷炎
第8章 新しい人生
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5

「田倉~。おはよ!」


 校門をくぐるとばしっと背中を叩かれる。


「え、あ、おはよう!」


 誰だろうと思いながら駿志は挨拶を返す。


「元気ないなあ。やっぱり病み上がりだから?」


 クラスメートなのか、少年はにこにこ笑いながら話しかけてきた。


(制服に名前のタグがあればいいのに)


 駿志はそう願いながら、適当に相槌を打ちつつ、少年と共に教室に向かう。


「田倉くん!おはよう!」


 教室に入ると今度は女子生徒から挨拶された。


(田倉くんは人気ものだな。俺とは大違いだ)


 帰宅部で、目立たない高校時代を送った駿志は心の中で苦笑しながら、挨拶を返す。


「北川!俺には挨拶ないのかよ。まったく見え見えだぜ」

「鈴木、余計なことはいわないの!」


 パコーンといい音がして、北川と呼ばれた少女が持っていた雑誌で少年の頭を直撃する。


(鈴木くんに、北川さんか。どっちも呼び捨てで読んだほうがいいのか)


 そんなことを思いながら、二人を見ていると漫才コンビのようなトークが繰り広げられていた。


(鈴木くん、いや、鈴木は北川さん、いや、北川が好きなのか)


 駿志は二人の様子を観察する。

 そうこうしているうちに漫才は終わったらしい、北川は『鈴木の馬鹿!』と言い放つと女子の集まっているところへ戻っていった。


「いやいや、本当。うるさいよな」


 そうぽりぽり頭をかきながら鈴木の顔を嬉しそうだ。


(青春だな~)


 駿志は22歳だった。20代前半の彼も若いのだが、彼からすると高校生は眩しいくらいの子供に見えた。


 そうして始まった高校生活は駿志に懐かしさを感じさせるものだった。数年前の自分に思いを寄せ、眩しいと思いながら時間を過ごす。

 午後になり、担当教師である宮本より花埜が退院したことが伝えられた。死亡したはずの花埜が生き返ったことはクラス中の話題となった。しかし、クラスメートの中で心の底から生き返ってよかったと言うものはいない。それは彼女がいつも一人でいて、友達と呼べる存在がいなかったせいだった。そのことは駿志に少なからずショックを与えた

 そして同時に彼女の高校生活に同情した。彼は目立たない生徒だったが、それなり友達はいた。振り返れば楽しい高校生活だった。しかし彼女は違う。


(理璃香が苦労しそうだな)


 駿志は恋人の苦労を思い、ため息をついた。


 


「田倉~。吉谷先輩が呼んでるぜ~」


 6時間目が終わり、今日の部活は体調不良で休もうと決め込んでいた駿志は、その呼び出しに驚く。しかし野球部の先輩の呼び出しを拒否することはできない。浮かない気持ちを隠して、廊下に出る。するとそこには吉谷だけでなく、海山みやま柚美ゆみもいた。


「……田倉。本当に退院したんだな。ちょっと話がある。一緒に来てくれ」


 いつもよりも更に真面目な顔をして吉谷にそう頼まれ、駿志が断ることができるわけがなかった。


「田倉、お前。覚えているか?」


 人気の少ない旧校舎まで歩くと、吉谷は探るように聞いた。駿志はどう答えようか迷う。田倉大のふりをしなければならない今、下手に答えると自分が大ではないことがばれる恐れがあった。


「……何のことですか?」


 しばらく考えた末、そう答える。


「田倉くん、隠さなくてもいいの。記憶、残ってるんでしょ?」


(……なんだ?)


 柚美が口をはさみ、ますます駿志は困った。


「私も、吉谷くんも乗っ取られてる時の記憶があるの。君を襲ったことも覚えてるわ」


(どうしようか)


 ここで記憶を喪失のふりをしようか、または冗談言わないで下さいと言うべきかと駿志は答えられないでいた。


「君は一度意識を取り戻したのに、またここにきて倒れた。何があったの?私は知りたいの。乗っ取られていた時、本当に嫌だった。でも理璃香さんのことが気になるの。彼女の魂がどうなったのか、あの恐ろしい女の人がどうなったかも、知りたいの。何か知ってるんでしょ?」


(……疑われているわけじゃない。ここで下手にしらを切らない方がいいかもしれない)


 駿志は深呼吸すると、大から聞いた欲食と神通達のことを、自分達が生き返ったこと以外に正直に話した。


「……そうなのね。理璃香さんは天国に。でも幸せならいいわ」

「清吉のやつはかわいそうだな。でも八島さんが生き返らないほうが不幸か」


 二人は話を聞き終わった後、それぞれの感想をもらす。


「いや、まさか。幽霊が本当にいるなんて思わなかったぜ。あの時、閻魔大王が現われなかったら、俺達元に戻れなかったかもしれないな」


(閻魔大王……)


 駿志はあの時のことを思い出す。自分も弟の体の中で、すべてを見ていた。馬貴という地獄に番人に対して不思議な感情を頂いた神通。大から二人が生前兄弟だったという話を聞いて納得できた。

 神通に騙され、弟の体を乗っ取ることになった。だから、もう現世に戻るつもりはなかった。しかし自分はこうして田倉大の体を借り蘇った。


「田倉。白馬のやつも記憶があるらしいが、白馬には俺たちは何も覚えていないことにしてる。あいつがかかわると面倒なことになりそうだったから。でも、あの世でみんな幸せになったんだったら、いいや。清吉も八島があの時、自分を救うために死を選んでことで救われたみたいだし」


 黙っている大の前で、吉谷はめずらしく能弁に語る。


「そうなのね。あー本当、元に戻れてよかった。田倉くん、乗っ取られているとは言え、なんか色々ごめん」

「あ、いや。そんなことは」


 ぺこりと柚美に頭を下げられ、駿志の方が困る。元はといえば、理璃香とともに神通の口車に乗らなければ何も起きなかった。謝るのは自分たちのほうだった。しかし、田倉大として生き返っている以上、謝ることはできない。


「さて、話がこれだけだ。田倉、今週は部活休んでいいからな。俺もさすがに昨日退院した奴を部活でしごくような趣味はない」

「ありがとうございます!」


 吉谷の笑顔を見て駿志は心の底から喜ぶ。


「じゃ、俺たちは戻るから。来週からちゃんと来いよ」

「じゃね。田倉くん」


柚美は吉谷の後を追いながら、駿志に手を振る。


「ふう」


 二人の姿が視界から消えて、安堵のためか、その場に座り込んでしまった。そして自分がやるべきことを考える。まず理璃香に会い、口裏を合わせてもらう必要があった。そして、駿輔のこと。自分の実家がどうなっているか、両親がどうしているのか、実際に会って確かめたかった。


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