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非日常のはじまり  作者: ありま氷炎
第8章 新しい人生
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「大くん、どうするの?」


 少年は日本庭園の前で佇んでいた。視線の遠い先には花埜と清吉の姿が見える。

 茜はあれから大の傍についていた。彼は天国を歩き続け、ここに辿り着いた。黙って見ているなど大らしくなかった。だから茜は聞いてしまった。


「八島にとって、俺はどうでもいい存在なんだよな」


 大は茜に言っているのか、自分自身に問い掛けているか、わからない呟きをもらす。


「俺が自分で決めたことだ。だから、いいんだ」


 つぶやきだったらしい、少年は茜にやっと顔を向ける。その表情は妙に晴れやかで天女は胸騒ぎを覚えた。

「俺、すっぱりあきらめる。死んだ人間はいつか転生するんだろう。俺もできるの?」

「大くん?!」


 考えてもないことを言われ、茜が目を見開く。


「やっぱり駄目かな。俺の体自体がまだ生きてるもんな」


 大は答えない茜に対して、勝手にそう解釈する。


「あ、でも俺。新邑先輩の兄さんに体を返してもらいたいとは思ってない。だって、あの二人には幸せになってほしい。あと、魂は違ってもなんだか八島と俺が仲良くなってるみたいで嬉しいし」


 そう語る大の表情は明るい、しかし茜は彼の本当の気持ちを見抜く。


「あきらめるなんて、大くんらしくない。花埜ちゃんが大くんのこと、どうでもいいって思ってるって、なんで決めつけるのよ。聞いてみなきゃわからないじゃないの!」

「そんなの聞かなくてわかってる。多分八島は俺と会うのすら嫌だろうな」

「大くん!」


 本当に彼らしくない、茜は少し頭に来ていた。自分が好きになった少年はこんな風にあきらめやすい性格じゃなかった。


「いいや、めんどくさい。転生、いつかできるんだろう。俺はそれまで、天国を楽しむよ」


 それは茜が待っていた言葉だった。が、本心ではない。


「大くん!」

「悪いけど、一人でのんびりしたいんだ。ついてくるなよな」


 少年は笑顔でそう言い、くるりと花埜達がいる庭園に背を向ける。

 本当にらしくない、作り笑いなんて大に似合っていなかった。


「そんな顔で言われてら、心配するじゃないの!」


 茜はそう怒鳴ると、ひらりと舞い彼の傍に寄りそう。


「茜、頼むから。俺一人にして。俺は一人になりたんだ」


 しかし大は怒鳴ることなく、静かな声で天女に懇願する。


「大くん……」


 茜はそれ以上彼の後を追うことはできなかった。ただその背中を見送るしかできなかった。



⭐︎


「花埜、明日退院だって、良かったわね!」


 目覚めた理璃香を待っていたのは、満面の笑顔を浮かべる花埜の母親だった。娘を労る母の心境を考え罪悪感が生まれる。


「花埜、胸が痛むの?」


 思わず自分の胸倉を掴んでいたらしい、彼女が理璃香の顔を心配げに覗き込む。


「大丈夫、お母さん」


(この人を悲しませてはいけない)


 理璃香は罪悪感をふりはらい、笑う。


(私は八島花埜さんになったの。この人を悲しませていけない)


「本当?」

「うん。お母さん、大丈夫。明日退院できるのね。よかった。家に帰れるのね」


 理璃香は元気そうに振舞う。しかし母親は少し疑うように彼女を見ていた。


(怪しまれてる?)


「……花埜、あなた何か変わったわね」


 無口な娘がぺらぺらと話すのを聞いて、母は目を細める。理璃香は不安に駆られ、息をとめた。


「あなたは花埜よね?」


 一度獣に取りつかれた花埜を見ている母は理璃香をじっと見つめる。


「うん、当たり前でしょ」


 気持ちが一瞬揺らいだ理璃香だが、花埜の母親を見つめ返すとそう答えた。


「そうよね。はは。馬鹿なこと聞いてごめん。色々あったものだから」


 獣にとりつかれた時ように奇妙な様子は、今の花埜にはない。きっと生き返ったことによって何か変化があったに違いないと母は自分自身に言い聞かせた。


「私、ちょっとトイレに行ってくるわね。花埜は疲れたでしょ?先に寝てて」


 今日も病室に泊まり込む母は娘にそう言うと立ち上がる。


「うん。おやすみ」


(これ以上何か話したら、ボロがでるかもしれない)


 理璃香はそう判断すると、大きな欠伸をして見せる。


「おやすみ」


 そんな娘に声をかけ、母親は病室を出ていく。


(疑われてる。気をつけないと。八島さんはおとなしい人だと聞いてるし。親御さんに対してもそうだったみたいね)


 理璃香は静かになった病室で、花埜のことを考える。自分とはまったく正反対の少女、彼女になりきるにはかなりの努力が必要だと疲れた体で思う。体力には自信があった理璃香だが、花埜として生き返ってから疲れやすくなっているのを感じた。


(眠っていた体が動き出したし、八島さんは体力なさそうだから)


 自分の疲れをそう解釈して、理璃香は大きな欠伸をした。これは演技ではなく、本当の欠伸で、体が睡眠を必要としているようだった。

 目を閉じると直ぐに眠気はやって来た。それは理璃香にそれ以上考える時間を与えず、深い睡眠をもたらした。





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