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「大!」
駿志が目を覚ますと知らない中年の女性の顔がそこにあった。現世に戻る前に大から話を聞いていたので、それが田舎から出てきた大の叔母であることがわかる。
「あんたは本当に何度も心配かけて!お母さんが知ったら心臓発作起こすわよ!」
大の叔母は目に涙を溜めて怒鳴りつける。
(お母さん?ああーこの人の母親か。確か、田倉くんはご両親が亡くなっているから)
ぼうっと自分を見つめる駿志に、叔母は甥が状況を把握出来ていないと思い、溜息を吐く。
「あんた、ここがどこかわかる?」
そう問われて駿志は体を起こして周りを見渡す。白い壁、水色のカーテンに囲まれていた。
「ここは病院よ。あんた、なんであんなところに倒れていたの?」
「あんなところ……?」
駿志は目を閉じて大の言葉を思い出そうとする。
(田倉くんは、確か旧校舎の屋上から飛び降りることによって、天国に来たといっていた。とすると旧校舎のことかな)
そう思ったが、駿志はあえて答えないことにした。大ではない駿志が大のように振る舞うのは無理だ。だから一時的記憶喪失を装うことにしたのだ。
すると叔母は諦めのため息を漏らす。
「やっぱりわからないのね。あんたは旧校舎で発見されたの。刑事さんから電話があって、本当びっくりしたんだから。いきなり走り出して、旧校舎にいくなんて。大?何があったの?」
「……わからない」
ぐいっと身を乗り出して聞かれるが駿志はわからないふりをした。
「本当、なんだか奇妙だね。そういや、奇妙と言えば、あの子。あの女の子、生き返ったんだって」
「そうなんだ」
(理璃香だ。俺と同じように生き返ったんだ)
本当は病室を出て彼女に会いたかったが、ここで突飛な行動をとるとますます怪しまれると駿志はそう返すだけにした。
すると大の叔母が顔をしかめる。
「なんだい。あんた、あの子のことが心配だったんじゃないのかい?」
「心配だよ!だたちょっとびっくりしただけなんだ」
彼女の探るような視線に駿志は慌ててそう返す。
「そうか、そうだよね。死んだはずなのに、生き返るなんて通常ありえないからね」
すると叔母はそう納得して、医師を呼んでくると病室を出た。
(理璃香が……)
八島花埜の病室に行こうかと思った。しかし、駿志は息を吐くとベッドに横になる。
(生き返った……)
駿志は大の体の感触を確かめるように拳を握ったり、開いたりする。
(死んだはずの自分がこうして、生き返った。理璃香も同様だ)
嬉しいはずなのに、なぜか駿志は戸惑いの方が大きかった。
「兄さん……だよね?」
懐かしい声が聞こえて、駿志は目を覚ます。夕飯を食べた後、眠ったようだった。叔母はいつの間にか帰っていた。
「ああ、お前も戻ったんだな」
「はい」
駿輔は嬉しそうに微笑む。
「母さんが泣いてた。お父さんは『お前だけでも助かってよかった』って言ってて」
「そうか……」
「母さんと父さんだけにでも兄さんが生き返ったことを伝えられないのかな」
「駿輔!」
「わかってるよ」
咎めるように自分を呼ぶ兄に、弟は学校では決して見せたことがない子供っぽい表情を見せる。学校で優等生として通っている駿輔だが、兄の前では子供のように振る舞っていた。
「兄さん達が生き返る、唯一の条件は他言しないことだからね」
駿志は黙って頷く。
現世に戻る前、茜は三人に一つだけ条件を出した。それは大と花埜の中身が、本人ではないことを他言しないことだった。もし、他言すれば、駿志と理璃香は再び天国、もしかしたら地獄に行くかもしれないと脅かされた。
天女が脅すなどあり得ない話だが、あの時の茜はそうしか思えない様子で三人に忠告した。
「理璃香に会ったか?」
目覚めてから精密検査だと、血液検査、脳のCTスキャンなどの検査が目まぐるしく続き、気がつけば夕方になり、疲れていたためか昼食を食べたら駿志は寝てしまったのだ。生き返っていると話は聞いていたが、それが本当に理璃香なのか確かめたかった。
「会ったよ。理璃香さんだった。彼女も色々検査で大変そうだったよ」
「病室はどこなんだ?」
「隣の塔の811だよ。でも向こうはお母さんが同じ病室で寝泊りしてるから、会うなら明日のほうがいいかも」
「そうか」
兄が落ち込むのを見て、弟は肩を軽く叩く。
「そんなに焦らなくても大丈夫。だって、田倉くんと八島さんは同じクラスなんだ。だから、いつでも会えるんだから」
「そうだったな……」
自分が今、高校二年の田倉大の体を借りている。そう思い出し、駿志は笑う。
「……高校生か。懐かしいな」
「田倉くんは野球の推薦で来てるみたいだから、兄さん頑張らないとね」
「野球の推薦?!それはまずいな」
「大丈夫だよ。中身は兄さんでも体は田倉くんなんだから」
「そうかなあ」
「そうだよ。あー兄さんが僕より年下なんて変な感じだ。背も僕のほうが高いし」
駿輔はクスクス笑いながらそう言う。
兄が人の体を使っているとは言え、生き返った。それが駿輔にとってはうれしいことだった。対する駿志は楽しそうに笑う弟とは異なり、戸惑いと罪悪感の二つ感情が心の中で渦巻いていた。