3
こんな思いは初めてだった。
いろんな思いが交錯していた。
大は立ち止まると、むき出しの岩に腰かける。
花埜を生き返らせるために、屋上から飛び降りた。しかし、大は花埜どころか自分もこのままこの世界にいるべきじゃないかと思い始めていた。
「大くん!」
明るい声がして、ふわりと茜が大の側に舞い降りる。
「元気ないわね」
茜はいつもながら元気だ。大はなんだかその元気が羨ましく思えた。
「お悩み?天国にいるのにもったいわね」
ふふっと天女は笑う。
「あんたは、なんでそんな元気なんだ?」
「そうねぇえ。理由なんてないわ。考えてもしかたないもの。せっかく天国にいるんだもの。楽しまなきゃ。楽しいことだけ考えるの。じゃないと損でしょ?」
「損……」
天女からそんな俗世に塗れた言葉を聞かされ、大はなんだか一気に脱力する。
「大くんさあ。もっと気楽にしなよ。楽しくさあ。あの夢の中にいた時たのしかったでしょ?大くんはどうして現世にこだわるの?現世なんてどうでもいいじゃないの」
茜は笑顔のままそう続ける。
「楽しみましょ。ね?」
「……できるわけないだろう」
能天気な茜に腹を立ててもしょうがないのに、大はそう言って立ち上がる。
「もう、本当強情よね。起きたことは神様でも返れないの。できることと言えば、生き返らせることだけ」
「!じゃあ、新邑先輩達を生き返らせることが可能なのか?」
(八島や俺が生き返れなくもあの人たちが生き返れば、少しだけ救われた気持ちがする)
「……弟くんは大丈夫だけど、お兄さんと理璃香ちゃんは駄目ね。もう体も元に戻れないくらいだし、……あ、でも方法がないことはないわ」
ふいに茜の声のトーンが変わった。それは妙に冷たいもので、大はいぶかしがりながらも聞き返す。
「方法?」
「大くんと花埜ちゃんの代わりに生き返るの」
「?俺と八島のかわり?!」
思いがけない言葉に大はぎょっとして声を上げる。
「そう、二人の体を借りて生き返るのよ」
驚く大に茜がゆっくりとそう言った。
大はそれを聞くと、黙りこくる。生き返ってほしいと思ったが、まさか自分の体を貸すことになるとは思わなかったからだ。
「無理よね。だって、大くんは戻りたいんでしょ?体を貸したら大くんは現世にもどれなくなるし」
無言の大に茜がつらつらと言葉を続ける。
「あ、でも花埜ちゃんはOKかもね。だって生き返りたくないもの」
(そうだ、八島は体を貸すことに賛成するだろう。だったら、俺は?俺の魂はもどらないけど、体は蘇る。たとえ中身は新邑先輩のお兄さんでも)
「……大くん?もしかして迷ってる?天国に残る気持ちになった?」
茜がうれしそうな声を出す。しかし、大はそんな彼女の様子に構っている余裕はなかった。
「ふふふ。迷ってるのね。私は大ちゃんが残ってくれたら嬉しいな。そしたら面白いこといっぱい教えてあげるから!」
天女は明るい声を立てて笑うと空高く昇る。
「花埜ちゃんにも聞いてみるわ!きっとOKっていうはずよ」
「茜!」
一人で話を進める茜を大が止めようとするが、空に舞い上がった天女を捕まえられるわけがなかった。
「戻ってこい!」
「いーや。花埜ちゃんからOKの返事もらったら返ってくるわ。そのときまでに気持ち固めておいてよね」
茜は笑い声を残すと空に消える。
「くそっつ!」
残された大は苛立ちまぎれにそばにあった大きな石をける。蹴った足先がじんじんと痛み、涙が出そうになった。しかし、大は痛みに気をとられることなく、花埜のことを思った。
「田倉くん、八島さん、本当にいいの?」
「はい」
大と花埜は同時に答えた。
あれから茜はすぐに戻ってきた。もちろん花埜の返事を持ってだが。彼女の返事は大の予想通りで驚くことはなかった。大は迷いながらも花埜と同じ決断をした。
新邑兄弟と理璃香は聞かされた内容に驚き、戸惑った。神通達の甘い言葉に騙され一時的に同化という形で現世に戻った。しかし二人はそのことを深く後悔しており、生への未練などのとうに消えて無くなっていたのだ。
「俺の代わりに現世に戻ってください」
大は自分の迷いを消すようにそう言った。現世に戻りたい気持ちはある。でも花埜が戻らないなら自分も戻らないと決めたのだ。
「八島さんはいいの?」
花埜の体を借りることに理璃香は花埜をじっと見つめた。迷いがある様なら理璃香は戻るつもりはなかった。自分は死んだ身で、戻れなくても構わなかった。
「はい、私の体を使って下さい」
しかし花埜は迷うことなく、理璃香を見つめかえす。その様子はまるで大を突き放すようにも見えて、大は居たたまれない気持ちになった。その上、そんな彼女の傍にいるのは清吉で、大は自分の存在が花埜にとっては不必要なのだと思い知らされる。
「じゃあ、みんな同意ってことよね」
しかし茜は大の気持ちなどかまうことなく、ピシャリと言い放つ。すると一同はそれぞれ複雑な思いを抱きながらも頷いた。