表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
非日常のはじまり  作者: ありま氷炎
第7章 生き返る者たち
40/54

2

 美しい日本庭園がそこに存在していた。

 大小の景石が山並みを表し、地面に撒かれた白砂には川を模倣して水の流れが描かれている。その周りには綺麗に剪定された松の木、淡い桃色の花を咲かせ椿、儚げな花を持つ沈丁花の木が調和よく配置されていた。

 大は中に入ることを躊躇する。しかし前方に探して求めていた姿を認め、足を踏み出した。

 濃い紫色の着物を身に付け、花埜は佇んでいた。ぴんと背中を伸ばして、髪を結いあげ薄化粧を施している。その姿は前世の絹そのもので、大はいつもと違う雰囲気の花埜に戸惑いながらも近づいた。

 花埜は近づく大に気づくことはなく、傍の男と親しげに話をしている。その男は清吉で、こちらも以前の姿に戻っており、銀杏髷に黒の格子が入った橙色の着物を身に着けていた。二人の様子は恋人同士としか思えないもので、大は胸がちりちりと焦がれる思いに耐えながら足を進めた。


「!」


 花埜は大の存在に気が付くと驚いた顔を見せる。しかし何も言わず顔を背けた。そんな彼女の様子に大はショックを受ける。が、落ち込む前に、清吉が大に冷たく問いかけた。


「何か用か?」


 花埜の前に立つ清吉は彼女を守る騎士のようで、大は苛立ちを覚える。まるで自分が邪魔者のような気持ちだった。


「……八島と話がしたい」


 大は胸に痛みを覚えながら、そう口にした。


「私は話すことなんてないから」


 心の痛みに顔を歪める大に気づくことなく、花埜はそう答える。


「私はここにいるの。清吉さんと一緒にずっとここにいるの」

「ずっとここにって!八島。お前はまだ生き返るチャンスがあるんだぞ。お前のお母さんもお父さんもすごく悲しんでて。お前はそれでいいのかよ!」


(俺だって、戻ってきてほしいと思ってる)


 その気持ちを飲み込んで大は彼女の背中に向かって叫ぶ。


「……悪いと思ってる。でも私はこの世界がいいの。安らぎに満ちた世界。どこにも行きたくないの」

「八島!」


 大は花埜の側に走りよる。しかし、彼女の体に触れることはできなかった。清吉がその前に立ちふさがり、大の邪魔をする。


「花埜は戻りたくないと言ってるんだ」

「!お前のせいじゃないか!お前がいるから、八島はここにとどまるんだろう!」


 邪魔されたことに苛立ち、大は思わずそう叫ぶ。しかしはっと気が付く。元はといえば、清吉があのように処刑されたのは花埜の前世、絹のせいだった。清吉に何も悪くない。

 だが、大は花埜が現世に戻ることを願い、そう口走ってしまった。


「帰って。私がここにいるのは私の願いなの。清吉さんのせいじゃないから!」


 花埜は大を見ることなくそう言い放つと走り出す。


「八島!」

「花埜!」


 彼女を追おうとした大の腕を茜が掴む。清吉は迷うことなく、花埜の後を追った。


「離せ!邪魔するな!」

「だめ。わかったでしょ?花埜ちゃんは戻りたくないの。あきらめなさい」

「!そんなの、嫌だ!」

「嫌?じゃあ、どうするの?」


 茜にじっと見つめられ、大は抵抗するのをやめ天女を見返す。

 花埜が現世に戻りたくない気持ちは堅く、大は彼女の決意を崩す自信がなかった。


(八島……。一緒に戻ってほしいというのは俺の我儘にすぎないのか。でも……)


 悲しみに暮れる花埜の両親の姿を思い出し、大はぐっと拳を握りしめる。


(八島!)


「大くん!」


 大は自分の腕を掴む茜の手を振り払うと走り出す。

 このまま何もせず諦めるのは嫌だった。



 天国という場所は山の上の花畑みたいな場所だった。空がどこまで青く澄み切っており、空気は春先のように程良く冷たく、心地よかった。ところどころに岩肌が見えたが、後は全て色とりどりの花々や木々で埋め尽くされている。上空では茜と同様天女の格好をした女性が舞い、地上に広がる花畑では人々が楽しげに戯れていた。


(八島はどこだ?)


 すぐに後を追った清吉と一緒にいるはずに違いないと着物姿の男女の姿を見ると、大はその顔を確認する。天国の住人達の服装は十人十色だった。大のような制服を着たものの姿は見えなかったが、現代の服装をしたものはちらほらと確認できた。


(どこにいるんだ?)


 どれくらい走ったのか、天国には果てがないようだ。どこまでの同じような光景が続き、大は立ち止まる。そしてふと、自分を同じように制服を着ている少年の姿を見つけた。


 気になって近づくと、それは神通がとりついていた少年―新邑しんむら駿輔しゅんすけであった。


「新邑先輩」


 大がそう呼ぶと彼が振り返る。側には彼と似た顔立ちの青年と、女性の姿があった。


「えっと……君は…確か田倉大くんだね」


 神通に取りつかれた時の記憶はあるらしい。新邑しんむら駿輔しゅんすけとしては面識がなかったので、自分の顔を識別できる彼に対し大はそう理解した。


「そうです」


(なんで、この人はここにいるんだろう?)


 そんな疑問を覚えながら大は彼を見つめる。


「田倉くんはどうしてここにいるの?君は死ぬべき人じゃないはずだよね」


 大の疑問の答えよりも先に彼がそう尋ねる。


「俺は、八島、八島を探すためにここに来ました。八島を見ましたか?」

「八島?八島花埜さんね。見てないけど」


 駿輔が少し申し訳なさそうな顔を見せる。


「そうですか。それじゃあ」


 花埜を探すのが先だと頭を下げて、去ろうとした大だが、ふと彼の父親のことを思い出し足を止める。詰られ殴られた彼の父親。よく見ると彼の側にたたずむ二人のうち、女性の方があの殴った男の妻に似ている気がした。

(そうか、この人が真下ました理璃香りりかさんで、隣にいるのが新邑先輩のお兄さんか)


 大は思わず二人に見入ってしまう。

 元とは言えば、この二人の魂を探すことから始まった奇妙な日常だった。大は複雑な心境で二人を見つめる。もし彼達が裁きの間から逃げ出すことがなければ、このような事態は起こらなかったかもしれない。大はそう一瞬考えたが、花埜と共に屋上から落下した自分を救ったのが馬貴であったことを思い出し、考えを改めた。

 もし二人が裁きの間を逃げ出さなければ、大は生き返ることもできなかったかもしれない。そう思い、大の気持ちはますます複雑になる。

 運命とはなんだろうか。

 二人が亡くなり、神通と欲食が二人の魂を利用して現世に逃げ出した。その結果、今に至る。しかし二人が亡くならなければ、大と花埜が屋上から落ち、そのまま死んでいたかもしれない。 


「田倉くん?」


 言葉を発することなく黙って二人を見つめる大に、駿輔が問いかける。


「なんでもないです。なんでも」


 大はそう答えると三人の元は逃げるように離れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ