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非日常のはじまり  作者: ありま氷炎
第1章 死人返り
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「起きてくださーい」

 間が抜けた声がして、体を揺すられる。

「?」

 花埜はうっすらと目を開け、自分を覗き込んでいるものを認識し、驚きのあまり一気に体を起こす。

「あ、起きた!」 

 目の前のそれは、うれしそうにヒヒンと笑う。

 それは馬だった。いや、正確にいえば馬の顔を持つ人で、そのつぶらな瞳を花埜に向けている。

「八島?うわあああ!」

 同様に目を覚ました大は悲鳴をあげて、花埜の腕をつかんだ。

「あ、悪い!」

 しかし、すぐさま気づいて手を離す。

「ははは。驚きました?あ、牛輝ぎゅうき、二人が目を覚ましましたよ~」

 驚いて言葉を失う二人の前で、馬人間は立ち上がると空に向かって声を掛ける。

「?」


(ここはいったい?)


「八島、俺たち、学校にいたよな?」

 花埜は大の言葉に、こくんと頷く。最後に覚えているのは大と共に落下した感触だ。それがなんでこんな場所にいるのだろうと、きょろきょろと周りを見渡す。白い靄が周りを覆っており、どんな場所かよくわからなかった。しかも、目の前には正体不明の存在がいる。

「なあ、八島。俺、すごく嫌な予感がしてるんだけど、これってあの世って奴じゃないか?あの馬か人かわからない生き物って確か、アニメとかで見た気がするし」

「?!」

 言われてみて、花埜は考える。確かにそう考えたほうが辻褄が合う。あの時二人は落下した。10階建ての屋上から落ちれば死は免れない。

「やっぱり死んじまったのかあ。短い命だったな。ばっちゃんが悲しむなあ」

 大は死という事実が受け入れたのかそう言って悲しげに笑う。


(変な人)


 花埜は簡単に受け入れる大に対してそんな感想を持つが、自分も同様に死んだのかとそう騒ぎたてる気持ちがないことに気づく。


「牛輝、遅いよ~」

 二人が思い思いにそう思っていると、馬人間が拗ねたようにいなないた。

「待たせたな」

「?!」

 そう声がして靄の中から現れた生き物に二人は顔を見合わせる。


(馬の次は牛?ああ、そういえば地獄にいる番人って牛頭馬頭ごずめずっていうんだっけ。なんかの本で読んでことがあった。ええ、だったら今私達がいるのは地獄??)


「私の名は牛輝だ。地獄の番人を統括している」

 牛頭の生き物はかなり尊大にそう自己紹介をする。

「あ、えっと。俺は田倉大です。こんにちは」

 野球部で礼儀作法が鍛えられているのか、大が牛相手にぺこりと頭を下げる。

 それを横目でみていると牛輝に『お前は?』という風に睨まれ、花埜も仕方なく頭を下げて挨拶をする。

「私は八島花埜です。こんにちは」

「あ、僕は馬貴ね。牛輝の補佐役です。よろしく」

「はい、よろしくお願いします」

 ペコリと馬貴に頭を下げられ、大と花埜が同じように頭を下げる。


(なんか妙に愛想のいい番人だけど)


 頭を上げながら花埜は馬貴の人のよさそうな馬面を見てそう思う。しかし隣にふんぞり返る牛輝の態度は対照的で、正に番人という威圧的な雰囲気だった。

「さて、少年少女よ。お前たちは学校の屋上から落下して死ぬ予定だった。しかし、私が特別に助けてやった。なぜだかわかるか?」


(いや、わかるわけないでしょ。あ、でも死んでないんだ)


 牛輝の言葉を聞きながら、花埜は死んではないという事実になんだか、がっかりするのがわかった。自殺は考えたことがなかったが、花埜にとって生きていることが退屈だと思うことがよくあった。しかし、大はそうではなかったらしく、死という事実を免れて安堵している様子が見えた。


(普通はそうだよね)


 花埜は自分の可笑しな感覚に苦笑してしまう。

「ごほん!」

 それが不謹慎だったのか、牛輝が少し怒ったように咳払いをする。

「あ、えっと。俺たちがまだ若くて、前途が明るいからでしょうか」

 大にはそれが回答の催促に思えたらしい、慌ててそう答える。


(そんなわけないと思うけど)


「ははは~~!!」

 冷静に花埜がそう思う中、馬貴がふいに腹を抱えて笑い出す。

「そ、そうですよね」

 大は生真面目に少しがっかりした調子を見せた。

「あ、ごめん。ごめん。いやいや、素直な子ですね。僕、あなたのこと気に入りました。牛輝、やっぱりこの二人に頼もうよ。きっとこの女の子も、役に立つと思うし」

「!?」


(どういう意味?)


 花埜は自分がおまけのように扱われている事実にむかっとしながらも、何のことだろうと首を傾げる。

「どういう意味ですか?」

 大が花埜の気持ちを読んだかのようにそう口にする。

「馬貴!」

「ごめん。ごめん。だって、早くしないといけないし。ね?」

「そうだな。少年少女よ。お前たちに頼みがある。頼みというか、命令だ」

「命令?!」

「そうだ。本日、裁きの間から魂が二つ逃げ出した。それを捕まえてほしいのだ」

「魂?裁きの間??」

「裁きの間というのは、死んだ魂が集められるところで、そこで閻魔大王様が天国か地獄行きを決めます。本日二つの若い魂がそこから逃げ出したんです」

「逃げ出した?!」

「現世に逃げたようなのです」

「そんな簡単に逃げられるんですか?」

「通常は無理だ。しかし、逃げたのは事実だ」

 午輝は苛立ち混じりにその鼻を鳴らしてそう答える。


(そんなの、甘過ぎる。もし極悪の魂とかだったら、どうするのよ!)


「え、だったら、あの俺たちじゃなくて、自分達で捕まえた方が」

 大がもっともな答えを口にする。


(そうよ。魂なんて私達に捕まえられるわけないんだから)


「それができないのだ。魂は現世のお前達の学校に逃げ込んだようだ。私達は現世にそう簡単に現れるわけにはいかない。しかも閻魔大王様が不在の中、私達は地獄にいる必要があるのだ」

「でも、俺達は普通の高校生だし、そんな」

「大丈夫!僕が君達にいろいろあげるから。まずは魂を入れる袋、それから捕まえる縄。そして魂を見る力に、気を操る力」

「力?!すごい!それって空を飛べたりするんですか?」

「もちろん。空も飛べるし、物も動かすこともできるよ。でも使いすぎは要注意ね。寿命が縮まるから」

「すごい~!スーパーヒーローだ。俺、憧れてたんだよな」


(憧れてたんじゃないわよ。私はごめんだわ)


 花埜はわくわくしながらそう言う大の隣でげんなりとした顔をする。そういうことに全く興味はなかった。


(だいたい、魂を捕まえるってどうすればいいのよ)


「ああ、魂を捕まえる方法は簡単だよ。縄で捕まえてこの袋にいれるだけだから」

 不機嫌そうな花埜に対して馬貴がヒヒンと説明する。


(ふうん。それならいいけど)


「ね、簡単でしょ」

 馬貴がそのつぶらな瞳を潤ましてそう言い、花埜ははっと気づく。


(この馬、もしかして私の思考を読んでる?)


「馬はひどいなあ。花埜ちゃん。僕には馬貴って名前があるんだから」

「?!」

「ごめんね。黙っていようと思ったんだけど。花埜ちゃん、ほら言いたいことがあったら、口に出した方がいいよ。大ちゃんなんて思ってること、すぐ口に出してるから、わかりやすし」

「わ、わかりやすいって」

 大は自分のことをそう言われ、少し拗ねたような顔をする。

「素直でいいってことですよ。花埜ちゃん、少しは大ちゃんを見習ったほうがいいですよ」


(余計なお世話)


「可愛くない女の子ですね」

 馬貴はやれやれと肩をすくめる。

「さて、これで状況はわかったな。4日以内に魂を捕まえるのだ」

「4日以内?!」

 牛輝の言葉に花埜と大がぎょっとして声を上げる。


(なんで、4日?)


「どうして4日なんですか」

「4日後には閻魔大王様が戻ってくる。その時までには魂の数を揃えてないといけないのだ」

「揃える?!」


(どういう意味?)


「もし、捕まえることができなかったら、君達の魂をもらうからよろしくね」

「!?」

 にこにこと人のよさそうな馬面で馬貴がいななく。

「なんでですか?」

「ごめんね~。ほら二つ魂なくなったでしょ。だから代わりに二つ魂が必要なんだよ。数を揃えることが大事だから」


(そんな横暴な!)


 花埜がぎろっと馬貴を睨む。

「横暴じゃないよ。力も道具も上げるから、楽勝でしょ?」

 しかし馬貴は、あははと笑いながらそう言う。


(そんなことないでしょ!)


 大も同様に抗議すると思い、花埜は隣の少年に目を向ける。しかし彼は予想を反し、意外な言葉を発した。

「そうだよな。魂を捕まえて袋にいれるだけだし。スーパーヒーローにもなれるんだし。楽勝だよな!」


(そんな!)


 恐ろしく楽天的な大に花埜は眩暈を覚える。

「じゃ、決まりだね~。期限は4日後の午後1時。頑張ってね」


(え、そんなの決まりって!?)


 戸惑う花埜を無視して、馬貴はそう言葉を続ける。

「午後1時かあ。八島、頑張ろうぜ。あ、馬貴さん、魂に名前とかあるんですか?」

「あるよ。生前は新邑しんむら駿志しゅんじ、そして真下ました理璃香りりかって名前~」


(新邑?)


 聞き覚えのある名字に花埜が首をひねる。しかし彼女が聞き返す機会はなく、意識がもうろうとし始め視界が揺れる。

「じゃ、グッドラック~」

「健闘を祈る」

 馬貴がひらひらと手を振り、その隣で牛輝が渋い顔をして腕を組んでいるのが見えた。

「八島、頑張ろうぜ」

 ぼんやりとする視界の中、そう大の声が聞こえた。同時に、ばしっと背中を叩かれた感触がした。


(痛いんだけど)


そう思いながらも、花埜は言いかえすこともできず、そのまま意識が途切れた。


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