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非日常のはじまり  作者: ありま氷炎
第6章 地獄で生きる者たち
36/54

3

「田倉大くん~。起きるよ。時間がないんだから!」

「?」


 体を揺すられ、大はうっすらと目を開ける。


「?!」


 そして目の前の存在を見て、飛び起きた。


「よかった。起きたわね!」


 目の前の……天女は仰天する大ににこりと微笑みかけた。


 天女の名前は飛天ひてんあかねというらしい。なんでも天国に住む天人で、地獄に行く途中に現世で大を見つけ助けたということだった。


「あんたなんで、自殺なんかするの?馬鹿じゃないの?アタシが助けなきゃ死んでたわよ。馬貴はそれどころじゃないんだからさあ」

「馬鹿って!なんであんたは馬貴のことまで知ってるんだよ!」

「アタシは何でも知ってるわよ。なんてったって神の使いだからね。さあ、もっと早く歩いて。間に合わなくなるわ!」

「歩くって、あんた天女だろ?飛べないのか?」

「飛べるわよ。でもここじゃだめ。ここは天国、地獄、現世の境目で能力が使えないからね。ほら、急いで!」

「境目?だったら八島もここにいるのか?」

「花埜ちゃん?彼女は今天国よ」

「天国?じゃあ、やっぱり……」

「そう彼女は死んだ。でもまだ間に合うけど」

「間に合う?!じゃあ!」

「ストップ!そのことは後で、今は馬貴達のことが優先。ぼやぼやしてると閻魔の裁きがはじまっちゃうわ!」


 そう言うと、天女は来ている着物の裾を持ち、走り出す。


「嘘だろう?!」


 その走りは現役高校球児の大の予想を上回り、かなりの速さで、大は呆然とする。しかしその背中が小さくなったところで我に返った。


「待ちやがれ!」


 天女といっても女子、それに負けることがなんだか悔しくて大は懸命に追いかけた。



 ⭐︎


「おのれぇ!ぐはっつ」


 血に塗れた男の渾身の一撃はうちこまれた石礫によって封じ込められる。男は地面に叩きつけられ虫の息だ。


「くっ、はっつ」


 言葉を紡ごうとしてももはやその力もなく、先ほどの礫で顔を赤黒く腫らし、つぶれた瞼から憎しみの籠った瞳の光だけ見えていた。


「さようなら」


 光長がそう言うと、留めとばかり持ち主のいない刀が男の胸に刺ささる。男は悲鳴すら上げることなく、絶命した。閉じることない瞳から光が消え、鈍い色を放っていた。


「光長様、ありがとうございます」


 最後までしぶとく生き残っていた男―陰陽師が死に絶えたのを見て、物陰に隠れていた細面の男が出てきた。返り血を浴びた光長に怯える表情を見せたが、ぎこちない笑みを浮かべると銅銭を渡し慌てて姿を消した。


「憐れな奴だな」


 光長は皮肉な笑みを浮かべると、夜空に飛び上がった。


 家を離れ、光長は暗殺などの依頼を受けるようになっていた。その噂は京中に広まり、検非違使けんびいしからの度々の追及を受けるようになった。しかし光長はそれを力で退け、彼は宮廷より追われる身になり、弟の貴良へも取り調べの目が行くようになっていた。



「貴良殿、協力する気はないのですか?」

「協力も何も、兄とは連絡をとっておりませんから」


 毎日家を訪れる検非違使けんびいしに貴良は今日も同様に答える。嘘はついていない。家を出て行った日から一年経つが兄が連絡してくることはなかった。


「協力する気がないなら、浅葱の君様にでもお尋ねしましょうか」

「!そんなことは許さない。彼女には関係ないことだ」

「ほっほっほ。それでは協力していただけますか?」

「協力。兄の行方を知らない私がどう協力するというのだ」


 貴良は憤慨すると検非違使けんびいしに背を向け屋敷に戻っていった。



 浅葱の君は貴良の婚約者で時期に結婚することになっている女性だ。兄の悪行のため貴良の家は没落の一方であったが、浅葱の君はそれでも貴良との婚約を破棄することはなかった。


 しかし結婚を控えたある日、浅葱の君は姿を消した。そして書き置きされた手紙。それは兄の光長からで、貴良を呼び付ける内容だった。

 呼び出された場所には乱れた服装で気を失った浅葱の君がいて、兄の姿は見えなかった。


 (どうして兄上、なぜ浅葱の君を!)


 貴良は浅葱の君を自宅に送り届けると、その足で検非違使けんびいしの元に向かった。そしてその力を借り、兄の行方を突きつめた。


「兄上!なぜ浅葱の君を、あなたを信じていたのに!」

「……信じる?信じていなかったくせに。信じていれば私の仕業だと思わなかっただろう」


 光長は貴良が騙されていることがわかった。しかし、そんなことよりも自分を信じなかった弟に絶望していた。

 力を得た時から知った真実。自分を疎む両親、そして世の人全てが抱える醜い心。貴良だけが自分を心の底から慕ってくれていた。だから光長は彼を信じていた。心のよりどころにしていたと言っても過言でなかった。

 しかし結局、それは彼の一方的な思いだけで、実際は異なっていた。貴長は状況のみを信じ、彼に憎しみを募らせた。

 貴良から振り下ろされる刀、光長がそれを防ぐことは簡単なことであった。しかし光長はただ目を閉じ、刀を受けた。

「……貴…良。馬鹿な奴だ」

 体から血を飛び散らせ、倒れた光長を抱きしめたのは裏切った貴良だった。意識が朦朧とし、視界にはすでに暗い闇がかかっていた。しかし体を触れ合わせた箇所から彼の悲しみの感情が伝わってくる。

 ふいに憐みの感情が浮かんできて、光長は驚く。それは自分に対してなのか、彼に対してなのか、生を終えるまで光長にはわからなかった。



「神通、欲食。裁きの間に連行する」


 牢屋で力を封じる腕輪をつけられ、二人は牛輝によって外に出される。馬貴の姿はない。


(馬貴……。あの者が貴良のわけがない。私を殺し、名を上げた彼は天国にいるはずだ。地獄で牛頭馬頭などに成り下がっているわけがない)


 腕輪をさせられても心を読む力までは制御できないようだった。先を歩く牛輝からは馬貴を案ずる感情が伝わってくる。そして裁きの間に来ないことを悟った。


「神通」


 欲食がぎゅっと神通の手を握りしめる。強い女だが、消滅させられることに恐怖を感じていることが神通には分かった。

 神通は可哀そうな女の手を強く握りしめる。生前と違い、今の彼には自分を慕うものがいた。それだけでも生前よりましだったということだろうと神通は自嘲した。


「閻魔大王様。神通と欲食を連れてまいりました」

「入れ」


 牛輝の言葉に閻魔大王が答え、裁きの間の門が音を立てて開いた。


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