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非日常のはじまり  作者: ありま氷炎
第6章 地獄で生きる者たち
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2

貴良たかよし


 五つ違いの兄に呼ばれ、弟は優しい兄のもとに出向く。

 小さいときから憧れていて美しくて賢い兄。

 それは成長しても変わらなかった。


「兄上」


 今年やっと元服を迎えた貴良は十五歳。兄の竹千代は20歳であるのだが、病弱という理由で元服もせず家で療養していた。

 両親は竹千代のことを恥と思い、表に出すことはなく、元服式の際も兄を同席させることはなかった。


「今日は遅かったな」

「すみません」


 貴良はそう言って、兄の住んでいる離れに足を踏み入れた。

 そこは簡素なつくりで、必要なものしか置いていなかった。

 使用人も一人のみで、貴良は兄にこのような扱いをする両親に何度も抗議した。


「今日はどんな話を聞かせてくれるんだ?」


 家を出られない竹千代はいつもように優しい笑みを浮かべるとそう聞いた。

 しかしそれは最後の優しい微笑みだった。




「馬貴?」


 そう声がして、牛輝の心遣いが伝わる。

 馬貴は顔を上げて、笑顔を作った。

 閻魔大王から自分の前世が貴良という人間であったこと、そして神通の弟であったことを聞かされた。すると、記憶というものが馬貴の思考を邪魔し始めた。

 気を抜くと前世の記憶が蘇り、馬貴に過去を思い出させた。


「……大丈夫か?」


 牛輝などの牛頭馬頭は嘘をつかない。言葉と心は一致している。だから、馬貴の能力は彼を悩ますことはない。

 しかし……兄、神通は違ったのだろう。人間という生き物は嘘をつく。笑いながら恐ろしいことを考える生き物だ。


(だから、兄上は力を持ち変わってしまったんだ)

 


 翌朝、貴良は異変に気がついた。目覚めると家の雰囲気がおかしかった。


「兄上?」


 着替えを済ませ、身舎みやに向かうと普段は顔を見せない竹千代の姿がそこにあった。

 兄に対峙する両親は怯えた表情を見せている。


「おはよう。貴良。昨日の夜いいことがあってね。私はもう元気なんだよ」


 竹千代はそう言うと微笑む。しかし、その笑みは昨日最後に貴良が見たものは明らかに異なるものだった。


 その日から、兄は変わった。

 元服の式を両親に行わせ、宮廷に出仕するように取り計らわせた。竹千代は名を光長みつながと改め、宮廷に上がると同期のものより出世していき、同年代と同じ位までに上り詰めた。

 出仕してから数ヶ月のことで、周りのものは訝しがった。しかし、彼を疑うものは尽く不幸に見舞われた。

 

「兄上」


 身舎みやに自らの部屋を築いた兄に貴良は声を掛ける。両親は光長と話すことはなく、彼に怯え離れに引きこもるようになっていた。


「最近妙な噂を聞くのですが……」

「ああ。あれか」 


 光長は正室を持とうともせず、遊び女を囲っていた。今日もそのうちの一人の厚化粧の女を側に置き、酒を飲んでいた。


(兄は変わってしまった。昔の兄のほうがどんなに優しく、よかったものか)


「ふん。あんな腑抜けなほうがいいとはおかしいことを考えるものよ」

「!」


 言葉に出していないはずなのに、兄が自分の考えを読み取り、貴良は顔色を変える。

 そしてあることを思う。


(あの噂、まじないを使うというのは本当のことなのか?)


「呪いか……。そのような幻ではないぞ。私は人の思考が読めるのだ」

「!兄上」

「それだけじゃないぞ、こんなこともできるのだ」


 そう言うと光長の持っている杯が宙にうき、貴良の目の前で止まる。


「酒はうまいな。どうだ、一緒に飲まぬか?」


 兄は恐怖で顔を引きつらせる弟に笑いかけた。


 貴良は兄を慕っていた。

 しかしそれは変わってしまうまでだった。



「欲食、怖いか?」


 閻魔大王により投獄され、神通と欲食は特別な牢屋に入れられていた。番人はいない。だが、閻魔の力により作られたその牢屋は神通の力を持ったとしても開けられないものであった。


「……まあね」


 欲食は隣に座る神通にそう返して、彼をまじまじ見つめた。彼の魂は駿輔の体から分離し元の醜い餓鬼の姿に戻っていた。欲食は残念に思ったが、数百年以上も見続けた彼の姿から目をそらすことはなかった。


「餓鬼の姿は醜いだろう。しかし、それも今日までだ。時期に閻魔が裁きを下す」

「……それは消滅ということかい?」

「ああ、そうなるだろう。怖いか?」

「……ああ、怖いさ。だから、こうやって抱いておくれよ」


 欲食はそう言って愛しい男の胸に体を預けた。醜い餓鬼と美しい女、それは可笑しな組み合わせだったが、真っ赤に焼けた岩石の中に作られた牢屋にはなぜか釣り合いの取れたものだった。



⭐︎


 光長の奇妙な力はやがて宮廷でも煙たがれ、彼は出仕を止められるようになった。それを彼は気にする様子もなく、自宅で遊び呆けるようになった。そして、彼の元に妙な者たちが集まるようになった。


「兄上。あのような者たちと関わるのはやめてください」


 貴良は客が帰った後を見計らって兄のそう進言する。今となっては、光長にこのように話しかけるのは弟の貴良しかいなかった。


「家のことばかり考えよって。お前もつまらぬ者になったな」

「そうです。兄上。やめてもらえますか?」

「ふん。こんな家のために。わかったよ。私が出て行く。せいぜいこの家に留まり、あの忌まわしい親のために生きるんだな」


 弟の思考を読み取り兄は口を歪めて笑うと、腰を上げる。


「……兄上」


 貴良は自分のすぐ側を通り、部屋を出て行く光長に声を掛けた。


「心配か。お前くらいだな」 


 思考をいつも通り読み取り、兄は苦笑まじりにつぶやく。しかし彼は振り返ることなく、身舎みやを出て行った。


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