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非日常のはじまり  作者: ありま氷炎
第6章 地獄で生きる者たち
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1

だい!」


 田倉大が目を覚まし、一番最初に目に入ったのは叔母の良子の姿だった。良子はその大きな瞳に涙をいっぱい溜め、ベッドで寝ている大を抱きしめる。


「く、苦しい!」


 大は、なぜ田舎の叔母がここにと思いながら、まずは叔母の苦しい抱擁から逃れるのが先だと悲鳴を上げる。


「あ、ごめん。ごめん」


 良子は涙を指で拭いながら甥を解放した。


「無事でよかったわ。大。もしあんたに何かあったらお母さんがどうなるかわからないんだから!」


 大の叔母はハンカチを取り出し、涙を拭きとり、ベッドの彼に向き直る。


「なんで、良子おばさんがここにいるの?だいだい、ここは……病院?」

「覚えてないの?あんた街外れの森で倒れていたのよ?あなた以外にも数人の子がいて、そのうち一人は……」


 ハンカチをぎゅっと握り締め、良子は目を伏せる。大はその様子に嫌な予感を感じた。

 森で欲食と戦ったのは覚えていた。欲食にキスをされてから記憶がなかった。

 大はベッドから立ち上がると、廊下に出る。


「大、待って、どこいくの?!」


 良子が追ってくるのがわかったが、大は裸足のまま走った。



「田倉くん……」


 大の姿に気がついた花埜かのの父親が顔をあげる。その顔を青白く生気がなかった。


「八島のお父さん!八島は?!」


 父親にすがるようにそのTシャツを掴む。男は何も答えず、ただ目の前の部屋の中に見る。

 大が部屋の中に目を向けると、押し殺した声で泣く花埜の母親の姿があった。彼女はベッドで眠る花埜を抱きしめ、しゃっくりを上げ子供みたいに泣いていた。


「や、八島……」


 大はゆっくりと部屋に入る。顔に擦り傷をつけた黒髪の少女は静かに目を閉じていた。

 母親は大の気配に気づいたが、顔を一瞬あげただけで、すぐまた少女の遺体を抱きしめる。


「な、なんで……」


 そうつぶやいた声がカラカラで、大はそれが自分の声だと思えなかった。



 昨日、森の中で数人の高校生と教師が倒れているのが発見された。警察が学校に連絡して大の自宅に連絡がいった。大の育ての親の良子の母は70歳近く、そこで近所に住んでいる良子が代わりに病院に来ていた。


「俺にもわからないんです。すみません」


 少年は同級生の父親に深く頭を下げる。

 父親の話から昨日起きたことが夢ではなかったことがわかった。カラスの大群に襲われたことは現実にあったこと。そして、花埜の様子が変わったことも父親は見ていた。男が娘の姿を最後に見たのは大を追って外に出たことだ。妙な力を振ることも男は明確に覚えていた。だからこそ、大に真相を聞きたかったのだ。


 『なぜ娘は自ら腹を刺して死んでしまったのか』


 しかし娘の同級生はただ覚えてないと答えるにとどまった。

 再び詰問しようとする男の視線を遮り、良子は男の前に立ちふさがる。


「八島さん、申し訳ないのですが大は覚えてないのです」


 彼女は男に詫びるような表情を見せ、そう口にした。

 良子は花埜の父親が話をしたいと大に申し入れたとき、保護者として同席することを主張した。そして父親から可笑しな話を聞かされるうちに、良子は男が娘を失った為に可笑しな妄想を抱くようになってしまったと判断した。だから大を守るために動いた。


「それでは失礼します」


 良子は大の腕を引くと、一礼させ逃げるように部屋を出る。急ぎ足で退院手続きをすませ、呆然とする大を着替えさせ、病院の出口をくぐった。

 夕日が目に刺さり、まぶしさのため、良子は目を細める。しかし、大の腕を引くと寮への戻る道を歩き出した。



「可笑しなことを言う人だったね。娘を失っておかしくなったんだね。きっと。わかるよ。なんとなく」 


 良子は早足で歩きながら、隣の大に囁く。


(なんで、なんで……?)


 花埜の亡骸を見たときから、大の脳裏にはその言葉しか浮かばなかった。花埜の父親の言葉も、良子の言葉を頭に入ってこなかった。


「私の娘を返せ!この野郎!」


 しかし、そんな怒声が飛び込んできて、大は我に返り顔を上げる。


 視線の先に、ブランド品のスーツを着こなす中年の男が見えた。男は怒りで顔を真っ赤にし、今にでも前に立つ男を殴りつけようとしていた。


「すみません、すみません」


 前に立つ男はただ頭をさげ、許しを請う。

 男の顔の見覚えがあった。それは神通、いや新邑駿輔によく似た顔立ちだった。


「俺の娘をかどわかしやがって!」


 怒声と同時にぱちんと音がした。そして男が家先で倒れる。


「あなた!」


 そう叫んだのは殴ったほうの男の妻だった。濃い紫色のワンピースのスカート着た小奇麗な妻は男の腕を掴んでいた。


「大!」

「叔母さん?!」

「……見るものじゃないわ」


 良子は大の腕を痛いくらい強く掴むと再び歩き出す。


「かわいそうな家族だよね。子供を失った痛みは同じなのにね。一方的に責めるなんて。しかも、もう一人息子さんもまだ意識不明で入院してるというのに……」

「もう一人の息子?」


 大は顔を上げて叔母の顔を見つめる。


「そうだよ。新邑俊輔くんだよ。お前と一緒に運ばれて、まだ意識不明なんだよ。……本当何があったんだか。大、本当に覚えてないのかい?」

「!」

「大!待ちなさい!大!」


(馬貴さん!)


 大は制止する叔母の声を無視して走り出していた。



 真っ暗な空が頭上に広がる。雲が出ているためか、星も月も見えない夜空だった。

 大は旧校舎の屋上に再び来ていた。

 今ある現実、それは3日前、花埜の自殺、自殺ではなかったのだが、それを止めようとして始まったことだった。


「馬貴さん!」


 そう叫ぶが、その声は暗い夜空に吸い込まれる。


「どうして、どうして消えたんだよ!」


 夢でなかったことは、花埜の父親の話から証明できていた。そしてあの事件に関わった俊輔が大と同じように病院で昏睡状態なこと、その兄が死亡していること。そのこと全ては大が体験したことが夢ではなかったことを表わしていた


「夢じゃないんだろう!だったら馬貴さん、出てきて説明して!」


 しかし大の悲痛な声に答えるものはいなかった。

 ふと前方に目を向けると歯が抜けたように、ぽっかりとそこだけ黒い空間が見える。花埜と共に落下した原因の、壊れて落ちたフェンスはまだ修復されていなかった。大はゆっくりとその黒い空間に近づく。風がそこから入り込み、大の制服のシャツをなびかせた。


 ここから落ちたことで始まった非日常な世界。

 あの時、ここから一緒に落ちなかったら、今ごろ花埜は両親と自宅で静かに過ごしていたに違いなかった。


「馬貴さん!こんなの卑怯ですよ。俺はこんな世界信じない!だから!」


 大はがしっとフェンスの端っこを掴む。覗き込む眼下は黒い闇が広がっている。


(今度こそ死ぬかもしれない。ああ、でも死んだら確実に八島に会える)


 スポーツ刈りの大きな瞳の少年は、祈るように目を閉じる。

 そして暗闇に足を乗せた。


「!」


 落下する衝撃が体を包み、恐怖で身が縮こまる。


(ばあちゃん、良子おばさん、ごめん。でも俺、このまま諦められなかったんだ!)


 激突する地面が見え、少年は自分の祖母不幸、叔母不幸を思いながら気を失った。


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