6
戦いは互角。
一歩も引かない戦いが続いていた。
(なんで俺は海山先輩、違った、欲食相手なんだよ!)
大は怒りを爆発させ、光の弾を放つ。
「あらら、ご機嫌ななめだねぇえ」
欲食はころころ笑いながら、その光の弾を避けた。
「あたいが慰めてあげようか」
「!」
その言葉に大は欲食の唇、体の感触を思い出し、顔を赤らめる。
(なに、考えてるんだ。俺は!)
「田倉くん」
そう声がして、大は慌てて飛ぶ。
「あらら、照れちゃって」
欲食がけらけらと笑う。
「うるさい。海山先輩から離れろ!」
「嫌だね。この体使い勝手が最高だからねぇ」
「おかみさん、俺はあの世に行くことにきめた。あんたのことは許せない。だが、その女については可哀想だと思ってる!」
清吉はそう言うと、光の弾を放つ。しかし、それは花埜の長く伸びた爪によって切り裂かれる。
「獣よ。お前は人間などの中に入って嬉しいのか?お前を殺した人間の命令に従って、それでいいのか?」
「……おまえ、きらい。しらない」
清吉の言葉は理解しているらしい。しかし、苛立ちを見せると花埜はその長い爪を清吉に向けた。
(やはり奇妙だ。彼の顔、あれは彼の生前の顔に似ているのか?でも僕は彼の生前なんてしらない。しらないはずだ)
馬貴は戸惑いながら戦いを続けていた。神通は地獄の番人の思考に同様に戸惑いを感じる。神通にとって、馬貴は地獄の番人に過ぎない存在だ。
それ以外のものではない。しかしこうやって心に触れるたびに、なにやら心の底がうずくような気持ちになるのは確かだった。
(神通も同じ?)
(同じではない)
馬貴の思考に神通は苛立ちで答える。
「早くお前を始末するほうがよさそうだ」
心に生まれる感情が邪魔だった。馬貴とこれ以上戦いを続ければ何かが変わるような気がした。
「そう簡単にいくかな。僕は理由を知りたいんだ」
理由もわからず神通の顔が気になるわけがなかった。だから馬貴は戦いを続けたかった。
「理由などない。ないはずだ!」
そんな馬貴と反して神通の心に焦りが生まれる。何か嫌なことを思い出すような気がして心が騒いだ。
神通は光をかき集めると馬貴に放つ。
「くううう!」
馬貴は光を受け止めたが、勢い余って木々にその体を叩きつけられた。
『貴よ』
ぐわんぐわんと衝撃で鐘がなる頭の中に懐かしい声が響く。
しかし、懐かしいという思いはあっても記憶はなかった。
(貴?)
(貴?)
思考を読んだ神通は顔をしかめる。
「ありえない。あいつはもうあの世にはいないはずだ」
(どういう意味?)
「お前には関係がないことだ」
神通はそう叫ぶと馬貴に襲い掛かる。
その様子がいつもと異なり、馬貴は違和感を感じた。
そしてその違和感は馬貴の判断を遅らさせる。
「くう!」
神通の手が伸び、馬貴の喉を捕らえる。
「油断したな。馬貴よ」
その細い腕では想像できないような力で、神通は馬貴、白馬の首を絞め上げる。
「馬貴さん!」
首を絞めげられる馬貴をみて、大が助けなければと飛ぼうと試みる。
「田倉くん、あんたの相手はあたいだよ」
しかし、欲食は大の腕を掴むと投げ飛ばす。
「乱暴はしたくないんだけどねぇ。あたいはあんたを気に入ってるんだよ。田倉くん」
地面に叩きつけられ、痛みに顔をしかめながら体を起こす大に欲食は笑いながら近づく。
「あたいに精気をくれよ。気持ちいいだろう?」
「く、誰が!」
大は欲食の色気に惑わされそうになる自分に渇を入れ、光の弾を放とうと手を伸ばす。しかし、欲食はその手を掴むと引き寄せた。
「離せ!」
欲食の力は女性のものとは思えないほど強く、大はとらわれる。そして、その体から放たれるかぐわしい香りが大の鼻を刺激し、柔らかい体の感触は脳裏をしびれさせる。
「くそっつ」
「素直になりな」
欲食はその乱暴な口調にそぐわない妖艶は笑みを浮かべると大に口づけた。
花埜の長い爪が清吉の腕をかすり、血が舞う。
(ち、だ!)
そう思ったのは花埜自身だった。
自分に呼びかける清吉に起こされた。
自由にならない体は清吉に襲いかかる。
『おかみさん』
処刑場で声にならない声で自分を呼んだ、清吉の姿を思い出す。
忘れたことはなかった。
自分が見殺しにした、死に追いやった。
自分が愛した男は結局最後には裏切り、自殺にみせかけて殺された。
当然の報いだと思った。
清吉がどれほど苦しんで死んだか、怨霊になった彼が店に現れ、知った。彼は僧によって封印された。
ざくっと音がして、彼の衣服が切られる。腹部が切れたらしい、血がにじんでるのがみえた。
『やめて!』
花埜は精一杯叫ぶ。するとその動くが止まった。
『清吉さんを傷つけないで!お願い!』
突然意識を取り戻した魂に獣の霊は抵抗する。しかし少女は歯を食いしばると、体の意識を奪い返そうと戦う。そして獣は花埜の意識を再び呑みこもうと試みた。
『だめ、だめ』
少女は叫びながら体を動かそうとする。すると徐々に感覚が戻ってきたような気がした。
手を下そうとする自分の目の前の清吉が驚いている様子が見える。
「清吉さん、ごめんなさい」
一気に体の感覚が戻る。花埜は自分の長く伸びた爪を見て、思う。
(罪を償おう、これで終わらせる)
少女は息を吸うと自分の長く伸びた爪で腹部を深く傷つけた。
その瞬間、一気に体から何かが抜けるような気がした。
どくんと波打つような感覚がし、腹部から血が流れ始める。立っていられず、花埜はその場で力を失う。
「せ、清吉さん」
そんな少女を抱きとめたのは清吉で、じっとその顔を見つめていた。
「おかみさん、どうして」
「ごめんなさい。罪をどうして償っていいかわからないんです。ただ、申し訳なくて、どうしていいか…」
「俺は、死んだ人間だ。あんたはおかみさんじゃない。そんなことわかってる。なのに」
「清吉さん、私は絹なんです。だから……」
痛みが走り、花埜は目を閉じる。
(楽になれる。もう)
血が大量に流れ出て行くのがわかり、意識が薄れていく。
「おかみさん」
清吉は死んでいこうとする少女の体を抱きしめる。
恨んでいた。死んでほしかったのは事実だった。
しかしこうやって死ぬ向かっていく彼女をみて、清吉の胸が痛みで悲鳴を上げていた。
地獄の番人として馬貴の思考がつぎつぎと神通に流れこむ。そして、時折、自分と共有する映像がちらつき、神通は顔をしかめる。
(ありえないことだ。あいつは極楽にいってるはずだ。もしくはすでに転生しているはず。地獄の番人などではありえない)
神通は戸惑いながらも力を弱めなかった。
『兄上』
しかし、そう呼ばれた気がして、手を離す。
「ごほっつごほっつ!」
気管を締め付ける力が無くなり、馬貴は空気を一気に吸い込む、咳き込む。
「……どういうことだ?」
「僕もしらない」
それは正直な感想だった。
首を絞められ、神通の思考が流れ込んできた。
そして時折、脳裏に妙な映像が浮かんだ。地獄の番人である自分とは無縁のはずの映像。鮮やかで懐かしい映像。
目の前にいる神通そっくりの人物はその中で、自分の兄であった。
「どういうことだ?」
「それはこの私が答えてやろう」
轟音が響き、当たり一帯が光を帯びる。そして場所が一気に転移する。
そこは真っ白な空間で、一人の髭を生やした恰幅のいい男が牛輝を引き連れて立っていた。しかし男は人間ではなく。それは赤黒い皮膚に先端が尖った耳、そして牙を持つ大柄な鬼であった。鬼は束帯と呼ばれる平安時代の服装をしており、重ね着された着物は赤と黒の色彩で赤茶の冠をつけていた。
鬼は地獄を統括する閻魔大王で、隣に控える牛輝よりも一段と険しい顔つきをしていた。