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非日常のはじまり  作者: ありま氷炎
第5章 救われるもの
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4

 馬貴は神通と欲食の手がかりがない今、騒ぎが起きた現場に行けば何かわかるかもしれないと学校に降り立った。

 校内数箇所にあった外灯はカラスによって破壊され、黒い闇があたりを支配していた。動くものはおらず、馬貴は気持ちを研ぎ澄ませて、周りに意識を探る。


「これは!」


 ふいに神通と欲食、そして獣の気配が感じ、馬貴は空を見上げる。

 まもなくしてカラスの醜い鳴き声が聞こえてきた。


 ぽんっと音がして、馬貴の前に人が降り立つ。


「神通……」


 真っ暗で何も見えないが、それが神通であることが馬貴にはわかった。

 地獄で何度も神通を見たことがあり、言葉も交わしたことがある。馬貴は物心ついた時はすでに地獄の番人だった。他の番人も同様らしく、疑問に思ったことがなかった。馬貴たち番人は作り出される存在で、母の体内から生まれ成長して死ぬ、この世の生き物とは違う存在だと思っていた。

 神通と欲食は餓鬼の中でも古株で、馬貴は番人として作り出された時から、二人の姿を見かけていた。

 生前は美しい人間だったが、その罪により醜い鬼に姿を変えられた神通。

 狐を母として持つことから変身能力があるため、今でも美しい姿を保つ欲食。

 二人は危険視さており、常に番人が見張っていた。

 

(妙な気分だ。あの顔を見覚えがある。とても懐かしい。過去に見たことあったかな)


 馬貴は駿輔の体を乗っ取った神通を見ながらそう思う。

 欲食を抱いた神通を見たときも、同様の感想を抱いた。それは誰にも抱いたことのないような不思議な想いだった。


(それは光栄だな)


 口を開いたわけでもないのに、そう神通の思考が聞こえ、馬貴は唇を噛む。


(思考を読む能力があったんだ。そういえば)

(そうだ)


 すぐにそう脳裏に返事が返ってきて、馬貴は苦笑する。

 

「僕達には言葉は必要ないらしいね。でも僕は話すことが好きだから、あえて口に出すけど」

「わしはどちらでも構わぬがな」


 神通は無表情のまま、口を開く。


 気がつくと、一緒にいたはずのカラスの集合体と欲食の姿が空から消えていた。


「花埜ちゃんたちが!」

「ほう、清吉がな。情けない奴だな」


 馬貴が神通の思考を読み、欲食たちの行方をわかったように、神通も同様に清吉が馬貴側についたことを知る。


「いい気分じゃないね」

「わしも同感だ」


 お互いに思考が読め、考えていることがわかる、それがお互いを嫌な気持ちにさせてるらしい。そんな想いまでも共有し、二人は睨みあう。


「神通、地獄に戻ってもらう」

「無理な相談だな」

 

 馬貴は光の鞭を作り出し、神通は両手に光を集まる。

 そして地獄の番人と餓鬼の戦いが始まった。



「あらま。清吉じゃないかい。いつから、向こう側についたんだい?」


 花埜の家を見つけ、上空から一気に下降し、カラスと共に襲い掛かろうとした欲食の前に清吉が現れた。

 清吉は欲食を睨んだまま、言葉を発しなかった。

 元から欲食のような女性が反吐がでるほど嫌いだった。絹と口調が似ていることも、清吉の神経を逆撫でさせていた。


「答えないのかい?つまんない男だね。まあ、いい。どうせ、あんたなど当てにできないと思っていたからねぇ」


 欲食は口紅を塗ったかのように真っ赤な唇をゆがめる。


「獣よ!あたいがこの男を相手にするから、お前たちはあの家の者たちを頼んだよ!」

「させるか!」


 カラスたちの動きを止めようと清吉が動く。しかし、光の弾がその体を襲い、動きを止められる。


「清吉、あんたの相手はあたいだよ」


⭐︎


「!」


 カラスの鳴き声が聞こえ、居間で将棋をしていた大は顔を上げた。


 同時にパリンと窓ガラスが割れ、一気にカラスの大群が家に入ってくる。


「伏せて!」


 大はとっさにそう叫び、花埜の父が床に伏せた。


「きゃあああ!!」


 台所の方で悲鳴があがり、大は慌てて走る。するとカラスに襲われている花埜の母を見つける。大は一か八か手をカラスに向けて伸ばす。


「!」


 奇跡は起こり、手の平から光の弾が生まれ、カラスを打ち落とす。大は花埜の母の肩を抱くと、居間の父の元へ走った。しかし仲間が床に落ちて痙攣しているのを見ても、カラスたちは勢いを弱めることはなかった。かあ、かあと鳴きながら、大たちに再び襲い掛かる。


「このぉお!」


 大は二人に床に伏せるように合図すると、先ほどのように手の平をカラスに向ける。すると光の弾が発生する。


「なるほど、こういうことか!」 


 癇を覚えた大は数発の弾を作り出し、カラスに放つ。

 弾は面白いほどカラスに当たり、数十匹いたカラスはすべて床に叩きつけられた。


 静寂が訪れ、花埜の両親が体を起こす。


「た、田倉くん。これは……」


 リビングルームの中心に立つ頼もしい少年を見上げ、花埜の父が呆然とつぶやく。


「は、花埜!」


 その隣で、娘のことを思い出し母が慌てて立ち上がり、花埜の部屋に走る。


「八島!」

「花埜!」


 その後を二人が駆け足で追った。


 壊れた扉が見える。

 部屋の前で、母は呆然としていた。


「花埜!」


 しかし、その名を呼ぶと中に入る。


 部屋の中はめちゃくちゃだった。割れた窓ガラスの破片が床に散乱し、破れたカーテンが窓からの風を受け、部屋の中でカラスの羽と共に舞っていた。

 花埜は無事だった。足元には数十匹のカラスの死骸が転がっている。


「花埜?」


 母は娘にそう声をかける。 

 すると少女は顔を上げ、にたっと笑った。


「花埜?」

「八島?」


 部屋に入った大と父親は様子のおかしな少女の姿に動きを止める。


「……やった、に、にんげん、からだ。これで、もっとあばれ、られる」

「人間?」

「どういうこと?花埜?」


(おかしい。これは八島じゃない。獣の霊がとりついたのか?)


「!」


 大がそう思った瞬間、光の弾が放たれる。


「田倉くん、花埜!」


 光が当たり、大の体が壁に叩きつけられた。


「田倉くん!」

「花埜!」


 母は少年を抱き起こし、父は戸惑いながら娘を止めようと試みる。


「おまえ、ころす。よくじき、めいれい」

「!」


 しかし少女は駆け寄った父の体を異常な力で突き飛ばすと、ゆっくりと少年と母に近付いた。


「お母さん、離れていてください。八島は霊に取りつかれているんです」


 切れた唇から流れる血を拭い、大は立ち上がる。

 幸運なことに馬貴にもらった力のせいか、痛みはさほど感じなかった。


「獣の霊!どれだけ人間が憎いかわからないけど、八島に取りつくのは間違ってるぜ!」

「おまえ、しらない。ころす。めいれい」


 しかし少女は異常に煌めく瞳を向け、文章にならない言葉をつぶやく。


「そんなに殺したければ、家の外で戦おうぜ」


(馬貴が来るまでの時間かせぎだ。まともに戦うと八島を傷つけちまう)


 大は花埜を外におびき出し、広いところで攻撃を避け、時間をかせぐつもりだった。 

 馬貴から以前、体を変えるのは難しいと聞いていた。それは多分、主が死なない限り、体を変えられないということではないかと、思った。

 花埜の足元に転がっていたカラスの死骸、カラスが死んだことによって獣の魂が解放され、花埜に取りついたのではないかと大は想像していた。


「田倉くん!」


 花埜の母が心配そうに、声をかける。


「大丈夫です」


 何が大丈夫か、大にもよくわからなかった。しかし、安心させたくてそう答える。そして、家の外に飛び出した。



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