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「神通……」
山の中に逃げ込んだ二人は、すっかり暗くなった山中で石に腰をかけていた。その周辺の木々には数十匹のカラスが不気味に目を光らせて、がーがーと鳴きながら、主の命を待っているようだった。
「すまないね」
欲食は馬貴に敵わなかった自分を恥じるように俯く。その向かいに座る神通は親指を噛みながら、その瞳をどこか遠くに向けていた。
「馬貴を消す方が優先にしたほうがいいらしいな」
神通は体を起こすと欲食を見つめる。
「欲食。わしが馬貴と対峙する。正体がばれた今、隠れることは無意味だ。お前はその間、あの二人の方を頼むぞ。獣の霊も一緒に連れて行くといい」
「……わかったよ。しかし大丈夫なのかい?」
「大丈夫?おかしなこと聞くな。わしが馬貴に負けるわけがない」
「……そうだね」
欲食は不敵に笑う神通から視線をそらす。神通が力を持っていることはわかっていた。しかし、馬貴は閻魔大王に次ぐ3番目の実力者だ。欲食は心配せずにはいられなかった。
(あんたが消えたら……)
「下らないな考えはやめるんだな」
馬貴同様心が読める神通は、視線を険しくさせる。自分が馬貴ごとに敗北することを予感しているような欲食に苛立ちを覚えた。
「……悪かったよ。それじゃあ、早速始めるとしようか。時は早い方がいい。今なら油断してる可能性が高いしね」
肩をすくめて欲食は立ち上がる。それを合図にカラスが翼を大きく広げ、暴れる時が来たと喜んでいるように騒ぎ始めた。
「行くぞ」
神通は頷くと、空に飛びあがる。欲食がそれに続き、カラスの大群が一気に木々から飛び立つ。
日はすっかり暮れ、神通と欲食の姿はカラスと闇にまぎれ、空に溶け込んでいた。
「じゃ、田倉くん。この服、着てね。お父さんのだから、ちょっと臭うかもしれないけど」
「臭うとはなんだ?」
花埜の父は妻の言葉に心外とばかり、嫌な顔をする。しかし本当に怒ってる様子はなく、大は夫婦の様子を微笑ましく思えた。
自分の両親も生きていればこんな感じであればいいと願い、大は苦笑した。
花埜は馬貴を見送ってから、部屋にこもりっぱなしだった。
本当は部屋に行って色々聞きたい大なのだが、両親の前で可愛い娘の部屋に行くのを躊躇する気持ちと、花埜の冷たい雰囲気が大の行動を止めていた。
(八島。清吉のことを思ってるんだよな。それは罪の意識だけ、それとも?)
我ながらあほな考えを思い浮かべ、大は首をぶんぶんと横に振る。
「田倉くん、夕食前に私と将棋でもしないか?最近差しで勝負をしていなんだ。相手になってくれると嬉しいんだが」
花埜の母がキッチンに向かったのを見て、父がそう尋ねる。すっきりした目元が花埜の瞳と似ており、二人が父子であることを認識する。
「はい、もちろんです」
大はいい気分転換にもなるし、お世話になる身だと思い、頷いた。