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「そうですか。なるほど」
一時間後、リビングルームは和やかな雰囲気に包まれていた。
心が読める馬貴は花埜の両親の警戒心をすっかり奪っていた。それどころ、なぜか大は引き続き家に泊まることになっている。
「本当助かります。寮も打撃を受けていて、田倉くんは田舎から出てきているものだから、どうしようかと思っていたんですよ」
「いえいえ、男の子が家にいるもの楽しそうです。田倉くん、君は将棋とか興味ある?」
「……はい」
馬貴の話術にはまり、すっかり大の同居を認めた花埜の父がにこやかに笑いかけ、大は少し照れながら、頷く。
「花埜。田倉くんのこと話したことなかったわよね」
同じくすっかり馬貴を信用している母は娘に笑いかける。
「今年初めて同じクラスになったから」
花埜は淡々とそう答えると、お茶をすすった。
母はそんな娘の様子に慣れているのか、そうと答えると同じようのお茶を飲む。
「じゃ、私はこれで。学校に戻らないといけないので」
「ば、馬場先生?!」
大はこの状況で馬貴だけが逃げるのかと、抗議を込めて名を呼んだ。
「八島さん、すみませんが田倉くんのことしばらくよろしくお願いします。寮の方から彼の服などは持ってきますので」
「大丈夫ですよ。私の服でよければ田倉くんに貸しますから。困ったときはお互い様ですから」
花埜の父はそういいながら、立ち去ろうとする馬貴に習い、腰を上げる。
「色々ありがとうございます。学校と寮再開のめどは明日には立つと思いますので、ご自宅に連絡しますね」
玄関口で馬貴は教師らしい台詞をはくと、がらがらと扉を開け出て行った。
(これからどうするつもりなんだ?)
大はパタンと閉められた玄関の扉を見つめながら、問いかけた。
雨が上がり、夕日が雲の隙間から眩しい光を放っている。
馬貴は眩しく思いながら、目を細め、学校に向かって歩いていた。
ふいにとんと軽い音がして、目の前に男が立つ。
それは大同様、スポーツ刈りの少年で、つりあがった目をこちらに向けていた。
「お前は確か地獄の番人だったな」
「……そうだけど。何か御用?」
馬貴は微笑みながら少年に視線を返す。
少年は大の野球部の先輩の吉谷、そして清吉だった。
「あの世に連れて行って欲しい」
「もちろん。それが僕の仕事だからね」
「それでは、今すぐ頼めるか」
「……だめだね」
「駄目?どういう意味だ?」
「あなたに頼みたいことがあるんだ。あなたをあの世に連れて行くのは神通と欲食を捕まえてからだ。僕一人ではあの子たちを守ってやれないかもしれない。あなたの力が借りたいんだけど」
清吉は思わぬことを言われ、口をつぐむ。
絹の姿をした少女に会い、懺悔された。同じ顔をしているが別人のようだった。嫌、別人だと清吉は思った。
絹にされたことは許せない。しかし、自分を庇った少女の姿、その言葉を見聞きし、清吉の怒り、恨みは薄れた。こうしてこの世に留まる必要はないと結論を出したのだ。
「清吉、どうする?僕はあなたの力が必要だ」
「……わかった」
「よっし、いい子だね。じゃ、よろしくね」
馬貴は笑うと、くしゃっと清吉の頭を撫でる。
「触るな」
「ははは。あなたも花埜ちゃん同様、おもしろい子だね」
怒りを露にする清吉に対し、馬貴はけらけらと笑う。しかし、ふと笑いを止めると、清吉に向き直った。
「僕は神通と欲食の行方を捜すつもりだから。あなたにはその間二人の警護を頼みたい。できる?」
「ああ」
「じゃ、よろしくね」
ぽんぽんと清吉の肩を軽く叩くと、馬貴は飛び上がる。そして夕方のオレンジ色の空の中、姿を消した。