4
(田倉くん、どうしたんだろう)
五時間目が始まっても大は教室に戻ってこなかった。
先生はそのことに触れることなく、授業を進める。しかし、クラスメートは違うらしい、花埜に好奇な視線を向け、ひそひそと話をしている。
いつものように空気のように扱われるほうがましだと、花埜は嫌な気分で授業を聞く。その雰囲気を担当教諭も感じたらしい、授業が終わると職員室に来なさいと呼ばれる。
休み時間に入り、クラスメートに余計なことを聞かれるよりかいいかと花埜はおとなしく教師について職員室に向かった。
「先生」
そう声がかけられ、教師が立ち止る。声を掛けたのは新邑駿輔で、少女はなんだろうと少年に目を向けた。
「新邑か。どうしたんだ?」
教師は成績優秀の三年生が何か質問があるのかと、少年に近づく。
「先生。八島さんに話があるんです。彼女を少し借りてもいいですか?」
駿輔は目の前の教師にぞっとするくらい美しい笑顔を浮かべる。
「あ、ああ」
教師が曖昧に返事をし、花埜は奇妙な感じを覚える。
「じゃ、借りますね。先生は職員室に戻ってください」
少年の言葉にこくんと頷くと、教師は花埜を見ることもなく、足早に職員室に向かった。
「さあ、八島さん。おいで」
唖然とする少女に駿輔はにこりと笑いかける。
(おかしい。だって、さっき……)
花埜は少年の様子が普通じゃないことに気がつく。教師への態度あれは、暗示を掛けられているようだった。
「ばれているようだな。ならばもう下手な芝居は必要ない。お前の精気をもらう。そしてその魂、二度と転生できないように壊してやろう」
駿輔の声音、口調ががらりと変わり、花埜は恐怖で身がすくむ。
(に、逃げないと!)
凄然な美しさを放つ少年の元から、逃げようと試み。しかし体はまるで何かに囚われたように動かなかった。
「心配するな。痛みなど感じない。むしろ、快楽のみが存在する。八島さん」
少年は駿輔の優しい声音を使い花埜を呼ぶと、その身を引き寄せる。そして、その唇に自分の唇を重ねた。
「神通のやつ……」
木に登り、その様子を見ていた欲食は胸に痛みが走るのがわかった。
神通と共に、人間に無残に殺された獣の魂を呼び起こした。それは犬、猫、蛇、うさぎなど様々な霊が混じったものであった。神通はそれらをカラスに憑依させた。
獣の魂が宿った数百羽のカラスは学校の木々に集い、人間に復讐しようとその黒い瞳を煌めかせていた。
「神通……」
花埜に深く口付ける神通を欲食は見下ろす。
「そんなわけがないのさ。あたいも馬鹿だね」
神通にそんな感情があるはずがないと、欲食は自嘲する。そしてがーがーと催促するカラス達に視線を向けた。
「さあ、お前たち。人間に怨みをあるんだろう。思う存分、その怨みを晴らすがいいさ!」
欲食がそう言うと、数百羽のカラスが一気に木々から飛び去り、眼下の生徒たちを襲い始めた。
悲鳴があがり、生徒達が逃げ惑う。
「ははは。いい眺めだねぇ」
欲食は木の上で高笑いをしながら、その光景を見物していた。
「おかしいな」
「うーん。当てがはずれたね」
馬貴と大は柚美と吉谷の教室を訪れた。しかし、二人が授業に出席している痕跡はなかった。
しかし、ふと一人の男子生徒が思い出しように口を開く。
「吉谷のような奴が、学校から出て行くのを見た。声かけたけど、無視されたから、別人だと思うけど」
(それは清吉だ!)
「どれくらい前にその姿を見ましたか?」
「えっとお昼休みだったからなあ」
ぽりぽりとこめかみをかきながら少年がつぶやく。
「ありがとう。じゃ、授業がんばってね!」
何かを聞こうとする大の背中を押し、馬貴は強引に対話を終わらせる。そして大の腕を掴むと、教室を離れた。
「馬貴さん、何ですか?邪魔しないでください!」
「邪魔?大ちゃん、その言い方はないんじゃないかな」
「だって、そうですよ」
「しっつ、黙って」
不満を続けて言おうとする大の口を手で覆い、馬貴が目を閉じる。
「今度は獣……。まったく神通は」
「獣?」
「大ちゃん、行こう。向こうが動きだしたみたいだ。清吉のことは後でね」