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非日常のはじまり  作者: ありま氷炎
第3章 少女の過去と少年のファーストキス
20/54

7

「馬場先生?」


 黒板の前に立ち、カツカツと白いチョークで数式を書いていた数学教師はふと動きを止める。

 前に座っていた勤勉な生徒が訝しげな表情で馬貴を見上げた。


 つまらないと評判の白馬の授業、意識が馬貴に代わったところで変化はなく、生徒の大半はあくびをしながら聞いていた。それというのも、もし奇異な行動をとると馬場に体を返した時に、現実社会に違和感が生じるので白馬こと馬場の記憶をたどりながら、馬貴は淡々と授業を教えていた。おかげで授業はつまらなく、馬貴自身、早く授業が終わることを祈っていた。

 しかし、二十分が経過した時、ふと嫌な気配を感じた。

 馬貴はこれで退屈な業務から逃れられると安堵の息を吐く。そして、にこりと笑うと振り返った。


「生徒の皆さん、ここから各時、自習してください。三十二ページから三十五ページの問題を解いたら、休んでもいいですよ。解答合わせは明日いたします。それでは」


 馬場の振りをしながらも馬貴は華麗に言い放つと革靴を鳴らし、教室を出る。

 生徒たちは一瞬、いつもと違う白馬の様子に戸惑いを見せたが、自習だ、自由だと騒ぎ始めた。教室の外から騒ぎ声を聞き、馬貴はやれやれと肩を落とすが、構っていられないと保健室に向かった。



「お、おかみさん」


 清吉は花埜から目が離せなかった。絹と類似した少女、しかし絹でないことがわかり、清吉はどうしていいかわからず、かたんとカッターナイフを落とす。


「俺は……」


 清吉はそう言うと花埜に背を向け、部屋を飛び出した。


「花埜ちゃん!」


 清吉と入れ替わるように馬貴が現れる。そして花埜が無事であることに安堵した。


「悪霊は逃げたんだね」


 馬貴は落ちたカッターナイフを拾うために体をかがめた。


「馬貴……」


 花埜はきゅっと唇を噛むと、その背中に問いかける。


「馬貴、教えて。私は絹なの?」




「田倉くん」


 校舎の裏の普段は誰もこないような場所まで歩いてきて、柚美はその足を止めた。

 くるりと振り返った表情は色気が漂っており、大は心が沸き立つのがわかる。


(なんなんだ。この気持ち)


 艶やか唇に目がいき、大は自分の可笑しな気持ちに戸惑いを隠せなかった。


「正直になりなよ。私にキスしたいんでしょ?」

「そ、そんなこと!」


 真っ赤になって否定した大の腕を掴み、柚美がその体を少年に寄せる。

 小柄な柚美の体は大にぴったりと密着した。

 やわらかい感触が少年の体を震わせ、甘い香りが脳を刺激する。


(俺、変だ。なんだこの気持ち)


 潤んだ瞳が大を誘う。その唇は半開きに開かれ、いたいけな少年はごく自然に柚美の背中に手を回す。


「海山先輩」


 そして、そう名を呼ぶと大はその唇に自分のものを重ねていた。


⭐︎


「そうだよ。花埜ちゃん。あなたは絹だ。前の記憶はすべて消去されてるはずなのに、残ってたんだね。絹がしたことは許されない。だから、絹は亡者となり二百年間、地獄で焼かれた。その上、虫や小動物に転生をしてその報いを受けた。だから、あなたはもう、その罪を感じることはないんだ」

「で、でも。清吉さんは!」

「だから、清吉をあの世に戻す必要があるんだ。彼の恨みや痛みを癒す必要がある。花埜ちゃん、馬鹿なことを考えたらだめだよ。あなたの罪はすでに償われているんだから」


 花埜は泣きながら馬貴の言葉を聞いていた。やはり自分が絹であったことが辛かった。そして清吉が今だに痛みを抱えていることに贖罪の気持ちでいっぱいになる。


「花埜ちゃん。馬鹿なこと考えたらだめ。あなたは今ある人生を大切にしなきゃ」




「あれ、八島?」


 教室に現れた花埜をみて大の友達の鈴木が妙な顔をした。教室を見渡すと大の姿はなかった。


「あの、鈴木くん。田倉くんはどこに?」


 花埜は勇気を振り絞ってそう聞く。


「えっと、俺は保健室にいったと思ってたんだけど。見なかった?」


(保健室?見てない。どこいったの?)


「八島?」


 顔色を変えて、教室を出て行こうとする花埜に鈴木が素っ頓狂な声を上げる。その声がまたまた大きくて少女は自分が注目されていることに気がついたが、今は構ってられないと、そのまま廊下を走った。


(何か嫌な予感がする)



「馬貴!」


 小走りで保健室に向かっていると、馬貴の姿が見える。


「大くんは?」


 花埜の隣に肩を並べた馬貴がそうたずねる。


「いないんだね。保健室。違う。あそこだ」


 少女の思考を読み、足を止めた馬貴は目を閉じた後、校舎の裏を指差す。


「餓鬼に匂いがする。うまく隠れてるみたいだけど」

「行こう」


 大のことが心配になり、少女は馬貴と共に校舎の裏に向かった。



「花埜ちゃん!」


 校舎の裏を走ってるとふいに突き飛ばされ、花埜は派手に転ぶ。痛いと文句を言おうとしたが、今まで自分がいたところにガラスの破片が数個、突き刺さっており、顔を強張らせた。


(清吉さん?)


「違う、これは餓鬼だ。神通かな」


 馬貴はそう言うと、ぽんと宙を飛ぶ。


(すごい)


 花埜は三階建ての校舎の屋根に立った馬貴を見上げた。


「大ちゃん!」


 馬貴はしばらく回りを見ていたが、ふと校舎の右下を見て声を上げた。

 

(田倉くん?!)


 馬貴の見ている方向を見ると、ぼんやりと白いものがあった。花埜が駆け寄るとそれはやはり大で、地面に倒れこんでいた。


「大ちゃん!」


 屋根から下りた馬貴が大の体を起こし、呼びかけると重そうにまぶたを上げた。


「え、あ、俺?!」


 大はなぜか真っ赤になると、馬貴から逃れ自力で立つ。


「大ちゃん。精気を吸われたね。大ちゃんもやっぱり男の子なんだね」


 ふふふと馬貴が楽しそうに笑う。


(ど、どういう意味?!)


「花埜ちゃんはしらないほうがいいかも」

「そ、そんなやましいことはしてません!ただキスしただけで!」


 可笑しな想像をされてたまるかと、大はむきになって叫ぶ。しかし、それが馬貴には楽しかったようでふふふと言葉を続けた。


「キスかあ。おいしかった?欲食はうまいからねぇえ」

「欲食?え。海山先輩が欲食なんですか?」

「そうみたいだね。誘われたみたいだねぇ。まあ。欲食の誘いを断るのは至難の技だからね」


(誘い?ってことは田倉くんはその欲食に誘われてキスをしてたってこと?)


「そうそう、そうだよ。花埜ちゃん。本当僕達が大変なときにねぇえ。まあ、だから大ちゃんが襲われたのか。ま、とりあえず、大ちゃん。大丈夫?まあ、欲食の正体がわかってよかったね。一回憑依すると別の体に移るのは難しいからね。あと正体がわからないのは神通だけだね」


 事が解決にむかっているのか、どうなのか、馬貴は楽観的にそう言う。

 しかし忌まわしい自分の過去がわかった花埜、野球部の先輩二人が敵になってしまった上、勢いとは言えファーストキスを柚美と交わしてしまった大、二人の心境は複雑だった。





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