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非日常のはじまり  作者: ありま氷炎
第3章 少女の過去と少年のファーストキス
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6

(もうわけわからん)


 清吉が吉谷の体を乗っ取り、花埜を襲った。そして彼女は襲われたのに関わらず清吉を助けた。


(馬貴さんも説明しないで逃げたし!)


 馬貴から、吉谷同様、神通と欲食も学生の体に憑依してるかもしれないと聞かされたが、気をつけてねといわれただけで、馬貴は逃げるように部屋を後にした。


(八島の奴も、なんで奴を助けるんだ。確かに可哀想だけど、あの世に戻してやればいいじゃないか。それとわざわざ助けるなんて。しかも、なんか様子おかしいし)


 花埜のことはほとんど何も知らない。

 話すようになったのは昨日からだった。


 しかし、大は今の花埜に違和感を持っていた。


(あの清吉って幽霊、八島のこと『おかみさん』って呼んでたけど。おかみさんってあの清吉を騙して処刑に追い込んだ奴だよな。八島には関係ないはずなのに。なんでだ?)


 大は念仏のように読まれる歴史の教科書の朗読を聞きながら、そんなことを考えていた。



「おい、田倉!なんで、お前、三時間目遅れたんだよ!」


 授業が終わり、保健室に向かおうとする大の邪魔をしたのは鈴木だった。


「は、腹壊して保健室に行ってたんだ」

「保健室?八島も保健室だろ?昨日といい、お前と八島なにかあったのか?」

「あ、あるわけないだろ!」


(まったく、こういう時だけ変な勘が働くよな。鈴木は)


「じゃあ、なんで八島も保健室なんだよ」

「貧血だよ。俺が保健室にいって薬もらった時、ベッドで寝てたんだよ」

「ふうん」


 鈴木は疑いの目を大に向け、口元には嫌な笑みを浮かんでいる。


「ちょっとトイレいってくる。邪魔」


 大はぐいっと鈴木の体を押すと、教室を横切る。


「田倉、保健室でいけないことするなよな!」

「あほか!」


 野球少年は顔を真っ赤にして怒鳴り返すと、慌てて教室を出て行った。鈴木の声が意外にも大きくてクラスメートの視線が背中に刺さるのがわかった。しかし、大は逃げるようにして教室を後にした。



 がらがらっと扉を開閉する音がした。そして話し声が聞こえた後、しんと静かになる。

そよそよと窓から入る風を肌に感じ、そろそろ起きようかと思った時、ひやっと冷たい何かが首筋に触れる。


「!」

(清吉さん!)


 側にいたのは少年で、花埜の首筋にカッターナイフを当てている。


「静かに。おかみさん」


 そう囁いた声はやけに物静かで、ベッドの上の少女を食い入るようにして見ていた。


「おかみさん、そんなに俺が嫌いだったのか?だから、俺を陥れた」

「そんなこと、」 


 花埜は絹ではない。しかし、絹の気持ちが痛いほどわかっていた。

 罪の意識は常にあった。ただ、喜之助への思いが、欲情がそれに勝り、あの時、清吉を陥れる証言をした。


(最低な女の人)


「おかみさんは俺の味方だと思っていた。引き回されて苦しくて、痛くて、すぐに殺してほしかった。止めを刺された時、俺はほっとした。でも俺は苦しみを忘れられなかった。痛みは死んでも続いた。俺はあんたを裏切った。その痛みは消えない!あんたは俺の味方だと思ったのに」


 清吉の黒い瞳が光り、カッターナイフに力が入る。首の皮が少し切れ、ちりりと痛みが走った。


「ごめんなさい。裏切るつもりなんてなかったの。でも最低よね。彼女は、私は結局あなたを見殺しにした。殺して、それで清吉さんの気が済むなら」

「おかみさん」


 清吉の瞳に初めて戸惑いが生まれ、花埜を見つめる。そしてそれがおかみさんと異なることを自覚する。


「……あんたはおかみさんじゃない」

「うん。私は絹じゃない。でも、絹だった」


(生まれ変わりなんてもの今まで信じたことはなかった。でも、あの夢はあまりにもリアルだ。馬貴も心を読んでるはずなのに話そうとしない。それは言えないからだ。私が絹だって)


 保健室のベッドの上で、うとうとしながら花埜はずっと考えていた。 

 なぜあの夢を見るのか。

 なぜ罪の意識を感じるのか。

 それは花埜が絹に違いないからだ、少女は自分でそう結論を下した。


「清吉さん、ごめんなさい。本当に」


 花埜の瞳から涙があふれ、頬を伝わり、枕を濡らす。


「……お、おかみさん」


 清吉はカッターナイフを少女の首に当てたまま、ただ涙を流す花埜を見つめていた。




「田倉くん」


 保健室に向かって廊下を歩いていると、野球部のマネージャーの柚美に呼びとめられる。


海山みやま先輩」


 急いでいたが無視するわけにもいかないと、立ち止まり柚美に近付く。


「ちょっと話があるの。着いてきて」


 先輩は物憂げな表情をしていた。野球部で憧れの的のマネージャー。いつも元気がよくて明るい柚美がこういう風な表情をしているのを大は初めて見た気がした。


(ああ、違う。昨日、吉谷先輩とキスしていたときも)


 ふいにその時のことを思い出し、大の動悸が高まる。


「田倉くん」


 その声は少年から男への階段をのぼる大に甘い罠にかける。純情少年といわれる大も十七歳、本能が赴くまま、柚美の後を追った。


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