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非日常のはじまり  作者: ありま氷炎
第3章 少女の過去と少年のファーストキス
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4

「おかみさん、これ使ってください」


 清吉に差し出されたものを見ると、それは櫛で、黒の漆の上に美しい桜が描かれたものだった。


「こんなものどうしたんだい?」

「お客様からいただいたんです。俺にはまだこれと言ってあげる女もいないので、おかみさんに使ってもらったら嬉しいです」


 清吉の頬は少し赤らんでおり、絹はなんだか、ほほえましい気分になる。


「ありがとうよ。使わせてもらうよ」


 その日から絹はその櫛を髪に飾るようにあり、それを見るたびに清吉が嬉しそうに笑った。その度に絹は心が温まるような気持ちになり、清吉と会うのを心待ちにするようになった。

 旦那や喜之助とは違う柔らかな、優しい笑顔は絹が問屋に嫁に来る前のことを思い出せて心を癒した。


「絹。私の絹」


 しかし逢瀬を交わす喜之助から囁かれる愛の言葉は絹のそんな気持ちを消し去った。


 そしてあの日、絹は清吉を現世の地獄へ叩き落した。



(ごめんなさい。本当に……)


 絹ではないはずなのに、花埜の心は罪悪感でいっぱいだった。目から涙がこぼれ、頬を濡らす。


「あんたでも泣くことがあるんだ」


 そう声がかけられ、少女ははっと顔を上げる、

 目の前にいたのは制服を着た少年で、憎悪の色を湛えた眼を花埜に向けていた。部屋の中は薄暗かったが、壊れた机や椅子が周りに置かれているのがわかった。しかし少女はなぜ自分がここにいるのか、目の前の少年が誰なのかと惑いを隠せなかった。


(私いったい?)


 花埜は少年を見ながら記憶を探る。


「おかみさん。俺は清吉だ。あんたが殺したな。あんたを殺すためにこの男の体を借りてる」


(清吉さん?!じゃ、ここに連れてきたのも清吉さん?この人の体に乗り移ったの?そんなことができるんだ)


 最後の記憶は少年に「おかみさん」と呼ばれたことだった。したがって清吉がこの少年の体を借りて自分をここに連れてきたのは間違いなさそうだった。


「おかみさん。市内を引き釣り回された痛みがどんなものかわかるか?」


 少年は考えをまとめている少女にそう言いながら、ゆっくりと近づく。その手にはカッターナイフが握られていた。


「今の世は面白いな。こんなものがある。これでおかみさんの体を切ったらとどうなるんだろう?痛いだろうな。俺が味わった痛み、教えてやる」


 清吉はにやっと笑うと花埜の腕に向かってカッターナイフを当てて、引いた。


「っつ」


 皮膚が綺麗に切れ、赤い血がぶわっと流れ始める。

 少女はきりりと痛みを覚え、その血を止めようと手を当たる。清吉は嬉しそうに花埜の痛みをこらえる表情を見ていた。


(私は絹じゃない。でも本当にそうなの?もしかして本当は絹じゃないの?だから、清吉さんに殺されて当然じゃ……)


 腕から血が絶え間なく流れている。しかし少女は罪悪感で胸がいっぱいになり、ただ痛みに耐えていた。


(こんなのきっと全然痛くない。絹が彼にしたことを思ったらこんなの…。清吉さんは絹を信じていた。でも彼女によって騙された。私が死ねば、彼の苦しみは終わるのかな?)


 そう思った時、がらっと音がして扉が開かれ、薄暗い部屋に明かりが入ってきた。その眩しさに花埜は目を閉じる。


「八島!」

「花埜ちゃん!」


 そう声が聞こえ、入ってきたのが大と馬貴であることがわかる。二人は少年に向かって力を放つ。しかし清吉は舌打ちすると、大の光の弾を避け、馬貴の光の鞭を受け止めた。


「さあ、悪霊。今度こそに逃がさないから。あの世に戻ってもらう!大ちゃん」

「はい!」


 馬貴の声に大は返事をすると、縄を取り出し、少年に向かって投げつける。縄が蛇のように宙でくねると吉谷の体を縛りつけた。


「花埜ちゃん!袋!」


 馬貴は少女に以前渡した袋を出すように指示を出す。今朝、学校でも持ち歩くように伝えており、花埜のポケットにはいっているはずだった。

 しかし少女は首を横に振ると清吉に駆け寄り縄を解いた。


「八島!?」

「花埜ちゃん?!」


 二人が驚く中、自由になった少年は窓を開けると外に飛び出した。


「清吉!」


 二人が慌てて窓に駆け寄るが、その姿はどこにも見当たらなかった。






 


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