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非日常のはじまり  作者: ありま氷炎
第3章 少女の過去と少年のファーストキス
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1

「絹。わかってるな」


 綺麗に結い上げた銀杏髷の、涼やかな顔立ちの男がそう絹に囁く。

 男は旦那の弟の喜之助であった。絹は旦那の妻でありながら、その弟と関係を持っていた。


「本当にやるのかい?」

「勿論だ。俺と一緒にいたいだろう?兄が死ねば俺が店の跡取りだ。親父は俺が商いに向いていないと言っていたが、その親父もすでにいない」


 父の大旦那は喜之助の遊楽ぶりを知っており、店の経営に携わることを敬遠していた。そのため番頭も外の者で、喜之助は常にそのことに腹を立てており、絹を誘ったのも兄への復讐の思いからであった。

 絹はそんなことができる女ではなかったが、情熱的な喜之助の誘いに負け、次第にその関係におぼれるようになっていた。


「絹。俺はお前を心の底から好いている。兄などにもう触れてほしくないのだ」

「喜之助」


 不貞な女はそれを信じ、男の胸に体を預けた。




「………」


 頭の中でぐわんぐわんと鐘が鳴っている。


(私?)


 ベッドの上で目覚めた花埜は、板目の天井を見つめる。


(自分の部屋だ?私、いったい?)


 花埜は混乱していた。


(夢。あれは夢。私は花埜。絹じゃない。なんで私、ベッドで寝てるんだろう?どこまで夢?田倉くん?馬貴?)


 夢みたいな出来事が続いており、彼女は何が夢なのか判断がつかなかった。

 ベッドから降りると、扉を開け、隣の部屋をノックする。返事がなかったので、襖を開けると、そこはいつものようにもぬけの殻だった。


(やっぱり夢よね?変な夢)


 花埜は学校に行く支度をしようと部屋に戻ろうしたが、トントンと台所で物音がして、足を止める。両親は出張中で一週間は戻ってこないはずだった。


(何?)

 

 少女は緊張しながら、そろりそろりと廊下を歩き、台所に近付く。


(馬場先生?!)


 台所にいたのは数学教師の馬場だった。母のエプロンをつけ、鼻歌を歌いながらフランパンを器用に動かしている。


(え、じゃあ、夢じゃないの。あれは馬貴?)


 反射的に壁にへばりついた花埜は呼吸を整えながら、昨日のことを思い出す。


(え、でもなんで田倉くんがいないの?しかも私落ちたんじゃ?)


「花埜ちゃん!」

「!」


 ふいに声をかけられ、少女はびくっとと体を揺らす。


「あ、ごめんね。驚いた。御飯できたよ~。料理って楽しいね!」


 見上げると馬面の男は二コリと花埜に笑いかけている。


「さあ、食べて。大ちゃんは先に出かけたよ。着替えたり、学校の準備があるからだって。花埜ちゃんは時間があるから、僕とご飯食べて行こうね~」


(えええ??!)


「驚かない。驚かない。昨日、あれからのことを説明してあげるから」




(おいしい)


「そう?よかった」


 厚焼き卵を頬張った花埜に馬貴は嬉しそうに笑う。


「お弁当も作ったんだ。大ちゃんに渡しといてね」


(え!なんで私が!)


「花埜ちゃん、文句あるなら口に出すように」


 つぶらな瞳を向けられ睨まれる。意外に迫力があり、花埜は溜息をついた。


「変な噂たったら嫌なので、馬貴が届けてください」


「え?僕、いやあ。そのほうが余計変な噂立つでしょ?」


(確かに。男性教師と男子高校生。昨今は腐女子がはやってるみたいだし)


「わかりました。でも渡すだけですから」

「はいはい。お願いね」


(面倒だけど、しょうがない。だいたい今更人の目を気にすることもないし)


 人と極力かかわらないようにしている少女は自分が「変人」と周りから思われていることを知っていた。しかし、それを否定する元気もなく、面倒なのでそのまま放置していた。


(イジメられてるわけじゃないし)


「花埜ちゃん、本当、あなたは暗いよね。高校生ってもっと溌剌としてるもんじゃないの?」


(そうかな?思ったけど、馬貴ってちょっとというか、かなり感覚がずれてる)


「花埜ちゃん、また文句垂れてる。そんなに口に出したくなきゃ、本当に大ちゃんに心を読める力あげちゃうからね」

「や、やめてください!」


 (それだけは嫌だ。自分の思考を他人に読まれるなんて、馬貴だけで十分だ)


「じゃ、言葉に出すようにね。さあ、花埜ちゃん、昨日あったことを話してあげよう」


 馬貴は、満足そうに笑い甘口の厚焼き卵を頬張ると、少女が落ちて気を失った後の話をし始めた。


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