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馬面の教師はその体に似合わぬ俊敏な動きで、屋根に飛び乗った。
『お前は何だ?』
屋根の上に現れた清吉は追ってきた馬貴に問いかける。
「僕は地獄の番人、馬貴だ。さあ、花埜ちゃんを離してもらおう」
馬貴はいつものふざけた様子とは打って変わり、そのつぶらな瞳をきりっと霊に向ける。
『番人か。ふん。そんなもの、この女ごと殺してやる』
「やれるものやってみたら?」
馬貴はそう言うと、光の鞭を構え飛んだ。
「……くそっ。じっとなんかしてられない」
完全に覚醒した大はそうつぶやくと、裸足のまま、一階の窓から外に出る。見上げると馬貴と霊が戦っている姿が見えた。霊の腕の中で黒髪の少女はぐったりと意識を失っている。
大は首を絞められ消え行く意識の中、花埜が自分を助けようとしてくれたことを覚えていた。
「八島!」
ぎりっと少年が上を見上げたまま、歯がゆい思いで唇を噛みしめる。血の味が口の中に広がり、ふわりと体が浮いた気がした。
「え、あ?」
それは気のせいではなく、大の体は地面から少しだが浮いていた。
「そ、そうか。今俺はスーパーヒーローなんだ!えっと、こういうときはどうすればいいんだ。飛べって思えばいいのか!」
その声が通じたのか、大の体はどんどん上昇した。
「いいぞ、このまま、屋根までいくぜ!」
「あ、大ちゃん?」
不意に視界の片隅に少年の姿が見えた。清吉も同じく彼の姿を確認したようで、にたっと笑うと大に向かって光を放つ。
「思い通りにはさせないよ!」
馬貴は鞭を振り、その光を砕く。しかしその隙をみて、霊は地獄の番人に襲い掛かる。
「!」
清吉の透明な腕が伸び、馬貴に攻撃をくわえる。頬に拳が当たり、その体が吹き飛ばされた。
「八島を返せ!」
屋根に飛び乗った大から光の弾が放たれる。弾は清吉を襲い、腕の中の花埜が解放される。
「八島!」
宙を舞う花埜の体を大が慌てて走りこみ受け止める。
「大ちゃん、やったね!」
頬を晴らし、屋根の端ぎりぎりで踏みとどまった馬貴が二人の様子に歓声を上げた。
「八島?」
少年は抱きかかえた少女にそっと呼びかける。あまりにも柔らかな感触で大は自分が傷つけるような気がして不安になった。
「……田倉くん?」
「よかった」
目を開けた少女がその黒い瞳を瞬かせ自分の名を呼んだので、大はなぜか嬉しくなって微笑んだ。
「た、田倉くん!」
花埜はこんな風に人に、しかも異性に抱きしめられたのは初めてで頬が真っ赤に染まる。
「あ、俺、ごめん。八島」
大はその反応にはっと我に返り、慌てて体を離した。
「ははは、青春だね~」
馬貴は笑いながら、屋根の上をゆっくりと歩き、二人に近づく。地獄の番人は問題はひとまず解決と安堵していた。
「!」
しかし、ふいに、その体を数発の光の弾が襲う。
「馬貴さん!」
「馬貴!」
二人の目の前で長身の体が屋根から飛ばされた。
大は反射的にその後を追う。飛ぶことができるかわからなかったが、馬貴を救うため、駆けた。
「田倉くん!馬貴!」
花埜は体を起こすと二人が消えた屋根の端っこまで、必死に走る。屋根なんて歩くどころか登ったことはなかったが恐怖よりも心配が先立った。
端まで辿りつき、恐る恐る眼下を覗き込むと、大が馬貴の体を抱え、地面に降り立っていた。
(よかった……)
安堵する花埜に向かって、大がやったぜと笑いかける。しかし、その笑みがふいに凍りついた。
「八島!後ろ!」
『おかみさん』
大の声と同時にそう声が聞こえ、どすんと突き飛ばされる。
「!!」
「八島!」
大の声が聞こえ、花埜は自分が落ちているのがわかった
(清吉さん?)
しかし、恐怖はなかった。花埜は落ちて行きながら屋根から自分を見下ろす清吉の表情に囚われていた。