5
血に濡れた中年の男が白眼をむいて、中庭で倒れていた。
「旦那様!」
清吉は慌てて、男に駆け寄る。
「ひぇえ。人殺し!」
その瞬間、背後からそう悲鳴が上がる。振りかえるとそこには顔を恐怖に歪め、清吉を見ている女がいた。女は殺された男の妻。そして清吉にとっては優しいおかみさんだった。
「清吉?!お前がやったのか!」
女の悲鳴で出てきた番頭や、下男達が血まみれの死体の傍にうずくまる清吉を詰問する。
「俺じゃない。俺じゃ!」
「清吉が……清吉がやったんだ。旦那様は私を、清吉に襲われた私を守ろうとして……」
「?!」
思いもよらない言葉に清吉は言葉を失う。
今夜、女に中庭に来るように言われ清吉は疑問に思いながらも、眠ると寝過ごしてしまうと、目を皿にして時間が来るのを待った。そして時間になり中庭に来ると男が死んでいた。
それだけのことだった。
しかし、女の言葉に、番頭達は清吉の仕業だと思いこんだ。
「許さない。俺は絶対に!」
ぱちっと花埜は目を覚ます。
男の恨みの言葉が脳裏で木霊している。
(夢?あれはたしかに今日お風呂場で見た幽霊だった。馬貴が話したことが気になって夢を見たのかな。あの女性……おかみさんと呼ばれていた女性……私に似てた。私がまるで彼を陥れたみたいで、嫌な夢……)
夢のはずだがやけにリアルで、花埜はベッドの上で頭を抱える。
自分ではないはずなのだが、女がしたことに罪の意識を感じていた。
『おかみさん』
ふいに声が聞こえた。
窓が開けられ、にゅ~と天井から白いものが部屋に入ってくる。
それは形を作り、ベッドの傍で男の姿になった。
(清吉さん……)
花埜は急に現れた霊の存在に恐怖を感じることなく、先ほどの夢で見た少年の無念の叫びを思い、霊を見つめる。しかし目の前の清吉は目を血走らせ、異様な雰囲気で少女を見つめ返していた。それは花埜に違和感を与え、背中に嫌な汗が流れるのがわかった。
『殺してやる。俺が味わった苦しみ、味あわせてやる!』
清吉はそう叫ぶと、ベッドの上の少女を捕らえようと透明な腕を伸ばす。
「花埜ちゃん!」
しかし、霊が少女を捉えることはなかった。部屋のドアが開けはなられ、光の鞭が清吉を襲う。
「ごめん。気づくのが遅れた!」
馬貴はちろっと舌を出し花埜に謝ると、霊をとらえようため再度鞭を振るう。が、鞭は宙をかする。
どこに行ったと、部屋を見渡すとふいに背中に気配を感じた。振り向くとそこにいたのは清吉で、霊はにやっと笑うと蹴りを叩きつける。
「馬貴!」
実体がないはずの攻撃だが、馬貴の体は霊の蹴りを受け、部屋の壁まで飛ばされる。ぶつかった衝撃で壁が揺れ、掛けて置いた時計が落ち壊れる。
「八島!」
音を聞きつけて、ドアが乱暴に開けられた。現れたのは大で、清吉は新たな人間の存在に舌打ちをする。
「これが、悪霊……。俺を同じくらいの年じゃねーか。しかも普通ぽい」
大は部屋の中にいる霊の姿を見て、言葉を失う。予想以上に清吉は若く、あどけなく見えた。
「大ちゃん、油断したらだめだ!」
入り口で呆然としている大にそう声をかけるが、馬貴の言葉は遅かった。
「!」
清吉の手がにゅっと伸びて、大の首元に巻きつき、その体を引き寄せる。
「うっつ」
首を絞められ、少年は霊の腕の中で苦しげに悶え、手足をばたばたさせる。
「田倉くん!」
「大ちゃん!」
馬貴は鞭を振るおうと構えをとった。
『こいつごと攻撃できるか?』
しかし、清吉が大を前に押し出し、馬貴は動きを止めるしかなかった。 大の顔色がどんどん青ざめていくのがわかる。
(田倉くん!このままじゃ死んでしまう。なんとかしなきゃ!)
霊の意識は馬貴に向いており、花埜はその背後にいた。少女はぎゅっと拳を握りしめるとベッドから清吉に向かって飛ぶ。
「!」
しかし、花埜のその体はすかっと透明な体を抜け、床に落下する。
『邪魔をするのか!おかみさん』
花埜の行動は清吉の神経を逆撫でしたらしく、気を失いかけている大を馬貴に投げつける。
「!」
馬貴は不意に飛んできた少年の体を支え切れず、そのまま巻き込まれ壁に一緒に衝突する。
「田倉くん、馬貴!」
花埜は駆け寄ろうと体を起こす。
「!」
しかし悪霊はその動きを封じると少女の体を掴み、窓から外へ飛び出した。
「大ちゃん。大丈夫?」
馬貴は二度も壁に叩きつけられながらも、どうにか体を起こし、自分に重なる大の無事を確認する。
「う……ああ」
馬面の教師の問いに少年はうっすらと目を開き、うなずく。
「大ちゃん、あなたはここで待ってて」
馬貴は安堵の息を吐くと大の体をゆっくりと床に寝かせる。そして、窓から飛び出し飛んだ。