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「あの霊は江戸時代の霊なんだ。手代だった男が可哀想におかみさんに騙されて、旦那さんを殺した罪を着せられ処刑されたんだ。怨みをもったまま男は悪霊となり、問屋を襲った。でも僧侶によって封じられたんだ。石碑は誰も近づけないようにしていたはずなんだけどね」
馬貴は大きな溜息をついてソファに深く座り込む。
「餓鬼の仕業ですか?」
「そう。神通だね。面倒なことになっちゃったね。神通や欲食を探す前に、まず悪霊退治だよ」
「悪霊退治。悪霊って言ってもそんな死に方してたら、しょうがない気がしますけど」
「確かに。そうだけど、悪霊は悪霊だから」
(でもそんなの可哀そうだ。退治って何をするんだろう?)
「花埜ちゃん?」
馬貴のつぶらな瞳を向けられ、花埜は溜息をつく。そして口を開かないと、馬面の教師が大に変なことを言いかねないと思い、口を開いた。
「……退治って悪霊を消しちゃうんですか」
「ううん。裁きの間で裁きを受けるため、霊を捉えてあの世に送るんだ」
「それはいいですね。消しちゃうのは可哀そうだけど、あの世に送るなら。だって天国にいくかもしれないんですよね?」
「うん、その可能性もある」
「やほう!それはいいな。八島、頑張ろうぜ。その方が霊にとってもいいはずだ」
黙ったままの花埜に大が目をキラキラさせて話しかける。
「花埜ちゃん。そういうこと。だから、頑張ろうね」
何も答えない少女に馬貴は笑いかける。
「……そうですね」
(消すのでなければいい。あの霊は無実だ。消すなんてそんなことしちゃいけない)
花埜の脳裏には真摯に彼女を見つめた清吉の顔が浮かんでいた。自分と同じくらいの少年は自分を悲しげに見つめていた。
「もう寝たら大ちゃん?」
居間でテレビを見ている大に風呂上がりの馬貴が話しかける。
「……馬貴さん。八島ってなんで話すのが嫌いなんですか?」
「…うーん。僕もわかんないなあ。でもそのうち変わって行くんじゃない?」
大は、馬貴の答えにならない答えに黙りこくった後、意を決したように口を開く。
「馬貴さん。俺に心を読む力くれませんか?」
「どうして?花埜ちゃんの心が知りたいから?」
「うん」
少年は素直にこくんと頷く。
「青春だね~。だめだめ。心なんて読むもんじゃないよ。大丈夫、そのうちきっと話すようになるから」
「そのうちって?」
「そのうちは、そのうち。大ちゃん、花埜ちゃんが気になるんだよね。それは好きだから?」
ふいに思わぬことを言われ、大は顔を真っ赤にさせる。
「!そんなこと!」
「ははは。嘘ついてもだめだよ。可愛いな。僕、応援してるよ。大ちゃんの初恋?」
「初恋とか、違いますから!」
「ふふふ」
心が読める馬貴の笑いに大は顔をますます赤くさせる。
(恋なんて、そんなわけがない。ただ気になる。それだけなんだ!)
「照れちゃって。ははは。大丈夫、花埜ちゃんも大ちゃんのこと気になってるみたいだから」
「え、あ。本当ですか?」
「うん。まあ、同じ年だし、一緒に屋上から落ちてるしね」
「!」
その言葉に大は急に胸がドキドキし始める。無愛想だか、花埜はよく見ると綺麗な顔をしていた。真っ黒な髪はさらさらで、清楚な感じ。一緒に落ちた時に触れた体はマシュマロみたいに柔らかかった。それらすべての思考は馬貴に読まれたらしく、馬面の教師がくすくすと笑う。
「馬貴さん。俺の心、読まないでください!」
その反応に純情な少年は頬を赤く染めたまま怒りを表す。
「ははは。わかったよ。もう読まないよ。さあ、大ちゃん。もう12時だよ。寝たら?それとも心を読んでほしい?」
「嫌です!俺、寝ます。それじゃ!」
大は逃げるようにソファから立ち上がると、くるりと背を向ける。
「おやすみなさい。馬貴さん!」
そして寝室として借りた、花埜の部屋の向かいへ慌てて駆け込んだ。
「おやすみ~」
馬貴は笑ったまま部屋に消える大の背中に向かってひらひらと手を振る。そしてぱたんと障子が閉じる音を確認すると、ソファに座りチカチカと映像を映し出すテレビに目を向けた。