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非日常のはじまり  作者: ありま氷炎
第2章 解かれた封印
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3

「じゃ、これお父さんの服、使って。馬貴はいらないですよね?」

「あ、ありがとう」

「うん。僕は寝ないから必要ないよ」

 

 今から寮に戻って服を取るより、朝、寮に戻って準備した方が効率がいいということで、マジャマ代わりに花埜の父親の服を借りることになった。

 大としては初めての年頃の女の子の家ということで少し緊張していた。それがわかる馬貴はふふふと楽しげに笑い、花埜はぶすっと無表情だった。


「八島。なんでお父さんとお母さんはいないんだ?」

「あ、出張中。二人一緒じゃないんだけど、なんか重なったみたいで」

「よくあるのか?」

「うん。そうだけど?」


 なんで興味あるのという風に見られ、大は口をつぐむ。

 両親が早くに亡くなり祖母に育てられた大にとって、高校生と言えでも子供を一人置き去りにして出張に出かけることに違和感を覚えていた。


「八島。さびしくないのか」

「……別に」


 大きな瞳を向けられ、花埜は一瞬動揺し動きを止める。しかし、ぼそっとそう答えると背を向けた。


「お風呂入りたいから、お湯溜める。田倉くんも入りたければどうぞ」


 そして背を向けたまま、小さい声でそう言うと、頑な少女は足早に奥に歩いていく。

 その背中が学校でいつも見せるような、人を拒絶する様子で大は声をかけられなかった。


「うーん。むずかしいね」


 馬貴はポリポリとこめかみをかいた後、大を元気付けようと肩を叩いた。



 熱湯と水の蛇口を捻り、同時にバスタブにお湯と水を注ぎ込む。湯気がむわっとお風呂場に立ち込める。

 しかし、それは一瞬だった。ふいに開けられた窓に湯気は吸い込まれる。


「!」


 薄暗い窓の外から何か白いものがこちら覗いていた。


(ゆ、幽霊!?)


 それはにゅっと窓から風呂場に入ると、腰を抜かして、ぺたんと床にお尻をつけた花埜の前に立つ。


『おかみさん……』


(おかみさん?)


 花埜は自分の前に立った幽霊がそう言ったのを聞いた。よく見ると窓から見えたときと違い、明るい場所にいるせいか、怖くなかった。幽霊は花埜と同じの年頃の少年で、時代劇でよく見る銀杏髷に古ぼけた着物を着ていた。


「花埜ちゃん!」

「八島!」


 声と同時に風呂場のドアが開けられる。すると、幽霊は入ってきた窓に一気に逃げ込んだ。


「八島、大丈夫か?」


 バスタブからお湯があふれているのにも構わず、制服のスカートを濡らし床に座りこむ花埜に大が声をかける。しかし、少女はその声が聞こえていないようにただ呆然としている。


「花埜ちゃん、今悪霊いたよね?」


 馬貴が蛇口を閉めながら、開いたままの窓を睨みつける。


「……悪霊。そうなんだ」

「八島?」

「花埜ちゃん。あれは悪霊だ。あの世に逝けないくらい、現世に恨みが深くて封印されていたはずなのに」

 

 馬貴は唇を噛んでそう言葉を漏らす。

 しかし花埜は自分を『おかみさん』と呼んだ存在が悪霊には思えなかった。



「清吉。どうしたんだい?」


 戻ってきた清吉に少女がそう問いかける。清吉は答えず、ただ石碑の会った場所に佇み、空を見上げている。


「なんだ、役に立たない霊だね」

『黙れ!』


 馬鹿にしたような笑いを向けられ、怒りを覚えた清吉は欲食に襲い掛かかる。しかし、その前に少年が立ちふさがり、霊は動きを止めた。


「お前の怨みはそんなものか」


 神通は人形のように整った顔に表情を浮かべることもなく、清吉に視線を向ける。


「あの女を見て何を思った?お前はまだあの女を慕っているのか?」

『お前には関係ない!』


 神通の言葉に怒りを露わにすると、清吉は少年に向かって透明な手を伸ばす。しかし、それを掴んだのはその後ろの欲食だった。


「解放したやったのに、その仕打ちか。情けないねぇ」

『黙れ!』

「清吉!」


 空いている別の透明な手が欲食と襲おうとし、神通が清吉の首を片手で掴む。半透明のその存在は喉を絞められ苦しみを感じるらしく、手足をばたつかせた。


「清吉。わしの目を見るがよい」 


 神通はその細い腕に似合わぬ力を発揮し、清吉の首を掴んだまま、その体を掲げる。


「清吉、あの女がお前にどのような仕打ちをしたか、覚えているか?市内を引きずり回された痛み、苦しみ、覚えているか?あの女はそれをせせら笑って見ていたのだぞ?」

『……そうだ。おかみさんは俺を裏切った。俺はただ言われたように、しただけなのに……俺は裁きを受けて……』

「そうだ。清吉。あの女はお前を裏切った。それなのに、お前はまだあの女を想うのか?」


 神通の言葉に清吉の表情ががらりと変わる。目が怒りでつりあがり、口が一文字に結ばれる。そして全身が怒りのためが青い焔を帯びた。

 欲食がそれを見て、ぺろりと舌舐めずりをして笑った。


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