緊迫
試行錯誤。
なかなか印象的なシーンにするための表現が思いつかず、かなり日にちがたちました…
ガチャリ。音がなり前より少し痩せて老けたお母さんが出てきた。
「紫唖、いらっしゃい。……久しぶり、ね」
「久しぶり」
弥恵さんはにこり、といつもとは違う種類の爽やかさが漂う笑顔をお母さんに見せながら真面目な顔で挨拶した。
「初めまして。僕は紫唖さんのバイトの先輩に当たる者です」
『僕』だなんて!弥恵さんは普段『俺』って自分の事を言うから、『僕』を使う所を見ることなんてきっと希少価値なんだ。
「先輩の、橋矢田 弥恵さん。優しくて良い人よ」
「そう……」
お母さんが弥恵さんを上から下までジィっと眺め、目を細める。流石に弥恵さんもこの失礼な行動に顔が引きつった。
「もう!あんまりジロジロ見ないでよ!弥恵さんに失礼でしょ」
「あぁ、ごめんなさいね」
「お構い無く」
でも流石にホスト、弥恵さんは直ぐに体制を持ち直し、お母さんに笑いかけた。
お母さんは――恐らく作り笑顔――を浮かべて、弥恵さんと私を招き入れる。
「ただいまー……」
「お邪魔します」
「二人ともいらっしゃい」
懐かしいほど嫌な記憶しかないそこは、前より少しくたびれていて、あまり変わっていない。
お母さんは賢明に私と話をしたがっていた。
「ねえ、紫唖。学校では友達は出来た?貴方、真面目すぎるから心配で」
お母さんが『真面目すぎるから』と言ったときの弥恵さんが笑いそうになるのを睨みつけ、必要最低限の事を話す。お母さんと話すと、気分が悪くなるのだ。
「……いる」
「そう!良かったわ。ねぇ?何て言う子なの?成績は良いの?」
出た。これだ。うちの両親はどこかが大きくずれていて、頭が同じレベルの人とつるめと言うのだ。頭が下の人とつるむと、影響される可能性があるから、ね? きっとさっき弥恵さんを嫌な目で見たのは、金髪の人が皆馬鹿だと思っているからだ。
しかし今の時代東大にR系のお兄ちゃんやギャル娘が入ったりするのだから、それは間違いになる。
「勉強ははかどっているかしら?」
「まぁね。長旅で疲れているのよ。私達を休ませて」
「そうね。部屋で休みなさい?紫唖は荷物があるからお連れさんには先に部屋で待ってもらったら?」
「うん。弥恵さん、良いですか?」
「ふぇ?あ、あぁ!わかった」
弥恵さんはスタスタと階段を上がっていった。
荷物を片付けて部屋に上がると、弥恵さんが私のベッドに寝転がって、くつろいでいる。私はやっと緊張の糸が切れ、膝の力が抜けてその場に腰が降りた。
「……しぃちゃん。」
弥恵さんが心配そうに顔を覗く。
「大丈夫ですって」
「おう。でもしぃちゃんお母さんとあんま仲良くないんだな?」
「当たり前、だってさっき見たでしょ、成績の事しか眼中にない」
私はかけていた眼鏡を外し、結っていた髪もほどいた。
「なぁ?やっぱちゃんと話した方がいいよ。バイオリン。したいんだろ?」
「まぁ、そうですけど」
でも、あの母に言って何が分かるのだろう?
「心配するな。俺も言ってやるから」
「え……」
こんな時にも関わらず、なぜこの人はこんなに優しいのだろう。
つい、甘えたくなる。止めて。私は甘える事はとっくに諦めているのに。
「紫唖〜!橋矢田さんも、ご飯よ」
お母さんだ。夕食と言うことは、お父さんが帰ってきた印。
「はぁい!」
「ちょっ弥恵さん!なに人ん家で元気にご飯望んで……!」
「いいじゃないいいじゃない。いつだってご飯は美味しいもんだぜ?」
「もう」
何故だろう、弥恵さんと居ると元気になれる自分がいたりして。素敵なこと。
多分夕食にはお父さんが居る。修羅場になるけど弥恵さんと一緒なら乗り越えられる気がした。
階段を降りて行くと、辺りは既に芳しい臭いが広がっていて、私達の食欲をそそる。
お父さんが、弥恵さんを見るなり、怪訝な顔をした。お母さん同様、金髪は頭が悪いと思い込んでいる。
それを察したのか弥恵さんは、私がお父さんにバイトの先輩なの、と紹介したあとに、
「えーっと……取り合えず、早稲田の慶應でてます」
なんて、私もしらない凄い経歴を言った。
お父さんも、流石に態度が代わり、話題は私の話になった。
「で、バイトとは、何をしているんだ?」
ギクリ。
「カフェですよ。彼女のスウィーツが評判なんです。ほら、彼女スウィーツ得意でしょう?」
「そうなのか?」
お父さんは不思議そうな顔で私を見つめる。私は黙って頷いた。
それはお母さんも同じで、私の両親は私が何が得意だとか、好きだとかは関係なく、只私の頭だけを見ているのだ。
素顔の私をしらない、しろうともしない、只成績だけを見てる。
弥恵さんは心底驚いたようで、目を見開いた。
「貴方たちは、自分の娘の得意なものも知らないのですか?」
「そんなことはない。なぁ?紫唖の得意なものはまだ有るよな?」
――来た。
「勉強」
瞬間、弥恵さんの周りの空気が変わる。声は変わらないものの、静かになった。
「……ちょっと、失礼」
カチン といって弥恵さんはホスト特有のあの高そうなライターで煙草に火をつけた。
私は弥恵さんについて知らない事が多すぎる。きっとミサキさん達お客は皆弥恵さんが煙草を吸うことを知ってるだろう。
「君は煙草を吸うのかね」
「たまに」
「私は吸わんのだよ。何しろ臭いからな」
大事なことを忘れていた!お父さんは煙草が大嫌いなのだ!
案の定、お父さんは多少機嫌悪く鼻を鳴らし食事に取り掛かった。
「で。お父さん、マジでしぃちゃんの好きな事知らないんですか?」
「いや、だからさっきから言っているだろう。勉強だ」
まるで私に頷けと言うかの様に、視線で威圧してくる。
危うく頷こうとする所に弥恵さんがくちぱくで ダイジョウブ。オレガツイテル。 って言うのが分かった。
弥恵さんにコクリ、と頷き深呼吸をしたあと、お父さんを見据えた。
「お父さん。私、バイオリンが好きで、得意なのは勉強よりお菓子づくりなの」
一瞬の沈黙。私は緊張した。思いきって言ったのだ。お父さん達もきっと分かってくれるよね?