悩みと涙
多少シリアス?よく分かりませんが内容だけは真面目な話です。
小さい頃の記憶。どこかはハッキリと分からないけど、多分当日住んでいたフランスの郊外にある家。
私がバイオリンを弾き始めた日の記憶。
「なぁ?抱え込まないで。俺に話せよ」
「弥恵さん……」
「しぃちゃんには世話になっているからとことん付き合うよ」
「……」
私は弥恵さんを正面に据え、押し黙った。だいたい、一体何で関係ない弥恵さんに私の事を話す必要がある?
「黙ってないで早く言えよ」
「本当に……何でもありませんから……」
「またか!そおやって!いつも俺に……隠して」
「……弥恵さんには関係ありませんから」
「何でだよ!」
肩を捕まれ、激しく揺すられる。
「家族の事だって!何も話してくれない……!」
「……」
「お前はそれで良いのか?!それじゃ、何のために……」
辞めて。それ以上何も言わないで。
それを言われてしまったら、私は……
「紫唖……何だよ!なんでそんな……悲しそうなだんよ!」
「……ひ……弥恵さぁ……」
「話せよ!俺に。何でも聞く。俺、お前の力になりたいよ」
今日だけはヘラヘラしてなくて。何だか真っ直ぐな視線が私の心臓を掴んだ。
「なぁ紫唖……。お前そんなに頑張って成績上げて、何がしたいんだ?」
「……っ!」
何で……?私は本当は分かっていた。私が大学を出てやりたいこと?大学なんか出たいの?本当は……本当は……。
「バイオリンがしたいんだろ?」
「うん……うん!」
気付けば、弥恵さんの胸に抱かれて、泣いていて。普段なら有り得ない光景で、こんな時なのに、ときめいた。
抱き締めていた手の力が、不意に緩む。私は心なしか、不安になり弥恵さんを見上げた。
――数分後
「じゃあまた!俺としぃちゃんは帰るからね〜」
「はぁい。お疲れさぁん」
弥恵さんと一足早く帰宅する。私が泣いている所を、ナヤトさんが見付けてくれ、『う〜ん。理由は分からないけど……今日は帰りな?』と言ってくれた。弥恵さんが私を離したのは、ナヤトさんが来る気配がしたかららしい。気配が分かるなんて凄いと思った。
普段ヘラヘラしているからに、弥恵さんが凄い人に見えた。
肩越しに弥恵さんの顔をみる。
「お?しぃちゃんは俺に惚れたな?」
「……」
つい恥ずかしくて、弥恵さんの前を歩くようにした。
「反応なし、か。しぃちゃんだけだよ。落とせないのは」
「え?」
「フフフ……何でもないよ」
「なんか……ムカつく」
「ハハハッ!まぁ、しぃちゃんはまた俺に仮が出来たね」
「あ!」
「……飯でいいから。それから……」
「?」
ピラランピピラ〜
「ん?」
携帯がなる。全く、せっかく良い雰囲気なのに……。
「あ……」
両親からだった。震える手で電話に出る。
「はい…うん。そうだよ。うん。うん……明日ね。ばいばい」
「なになに?しぃちゃん顔が暗いぜ?」
「……弥恵さん……私明日……バイト行けません」
「親から?」
黙り、頷く。ゆっくり顔をあげれば、笑顔の弥恵さんがいた。
「安心しな。俺も行ってやるから」
「……はい」
ちょっと待って下さい。笑顔だけでも反則なのに、優しい笑みって何ですか。
あんまり魅力的すぎて、1分くらい見つめてしまった。
「……俺もそろそろ……だな」
「え?」
「いや。何でもないよ。さぁっ!明日は戦いに行くんだから、体力の温存のために早く帰ってねるよ、しぃちゃん!」
「……はぁ」
き、気になる!と思いつつ、眠たい目を擦りながら帰路につく。各部屋の手前て私と弥恵さんは別れた。
――次の日
数時間前に会ったばかりのホストは既に私の家に来ていたらしい。私を起こしてくれた。
「おはよう、しぃちゃん。今日も綺麗だね……」
甘い表情を出して手を握ってくる。私は無意識に口元が緩んでしまったが、直ぐにこれが弥恵さんの悪戯だと分かり。
「盛ってんじゃねぇ!」
「いだだだだ!」
弥恵さんの頭を連打。
「おい!馬鹿になったらどうするんだよ?女に甘い言葉が言えなくなるだろ?」
「大丈夫。もう弥恵さんは底まで来ていますから」
言い終わったあとの小悪魔的な笑みも忘れない。
「小悪魔!」
「本当の事を言ったまでです」
弥恵さんが苦笑したように頭を掻く。これは、勝ち目がないと分かった時の仕草だ。
「全くその通りだ。うん!しぃちゃんってば俺の事、分かりすぎ〜」
確に。言われて初めて、やっぱり弥恵さんが好きなんだとか。
「……」
「しぃちゃんは俺、大好きだねぇ」
「……無駄に一緒に居たら、そりゃ分かるようになるってもんです」
「ふぅん」
返事はそっけないけど、心なしか楽しそうな弥恵さん。
一足先に食べ終わって、ヘラヘラ笑いで頬杖を突きながら私を見つめてくる。
「……何ですか?」
「ん?否……」
「変な弥恵さん……ごちそうさま」
「はいはい」
「弥恵さんが作ったわけじゃないでしょ」
「お。悪い……つい」
にへらぁ。
頭を掻く。その仕草さえも……魅力的……。
「しぃちゃん?」
「……!」
面と向かってジッと見つめていたらしい事に気付き、慌てて顔を反らし片づけへ向かう。
「……しぃちゃん……今……」
「それ以上言ったら殺す」
「はい」
恥ずかしさ勝っての、言葉は、もしかしたらチャンスだったかもしれない今を潰す。
弥恵さんと自分の食器を流しにもって行くと、後ろに弥恵さんが立つ。
「なぁ……俺がついてるからさ。ヘタレだけど……こう言う事は、得意なんだ」
「ヘタレ自覚してましたか」
「あぁ。……いっつも済まない。一人ではなにも出来ないんだ……」
「弥恵さん……」
「……?」
「そろそろ戦いに行きましょうか」
「お。行くの。頑張ろうな」
「……うん」
私はそれから数十分準備をし、いつも伸ばしている髪を結い、制服の短いスカートは下ろし、いかにも優等生を装う。
「……なんだか……しぃちゃんじゃないや」
そんな私を見て、弥恵さんは苦笑混じりに呟いた。
「弥恵さんも、スーツのインナー、間違えてお仕事用にしないでください?」
「分かってるよ」
弥恵さんの準備が整ったのを確認し、家を出た。……ちゃんと鍵をしめて。
現在、ここ東京から電車に乗り、実家のある山梨へ向かう。
電車だとかなり時間がかかってしまうので、もちろん特急を選んだ。
「う〜ん。実は俺、実際に電車のるの、初めてかも」
「マジですか?」
「マジマジ〜。これ、ちゃんと寝るスペースがあるじゃん」
「そうですね」
中に設置してあるベッドをながめ、弥恵さんがニヤリ、と笑う。
「ねぇしぃちゃん」
「はい?」
「沿い寝しよ?」
「絶対嫌です」
即否定(だって……!)した私を見て弥恵さんは多少楽しそうな感じ。私はと言うと、緊張のあまり、駅弁的な物も食べられなかった。
「しぃちゃん、着くまで寝よう。ゆっくり休まないと明日体がもたないよ」
「はい」
辺りはまるで銀河鉄道に乗ったかのように、美しい星達が輝いていた。
「綺麗だね……」
弥恵さんが寝る前にそう言ったのを、私は翌日まで覚えていたが、やがて薄れていった。
続く