テストとバイオリン
皆さんに楽しんでいただき、メッセージを貰うことがとても幸せに感じます。
木枯らしが吹きます。寒くなってきたな。
――秋です!
何てはしゃぐ私、仲間 紫唖は朝からご飯を食べに来ているヘタレホストに惚れた。
出会ったのは3週間前。その辺りは変な出会い方だったから、弥恵さんの記憶にも強く残っているらしい。
「しぃちゃん!今日のご飯はなにかなぁ?」
隣に立って、人が精一杯頑張っているそばでヘラヘラ笑うその人は、某ホストクラブのNo.1だったり。
毎朝と毎夕ご飯を食べに来るようになった弥恵さんは、私が居ないときは何を食べているのだろう?
「弥恵さん、私が居ないときってちゃんと食べているんですか?」
「ん?食べないよ。基本的に」
だから肉付きが悪いんだと言えば口を尖らせて『だってしぃちゃんの料理食ったら他の食う気失せるんだもんよ』だって。ちょっとまだ諦められないかもしれない。3週間もたって更に惚れてる私……。
「もう!弥恵さん!お味噌汁が煮すぎて不味くなりますからおとなしく待ってて下さい?」
「あちゃ!ごめんよしぃちゃん……!飯のためなら俺我慢するよ!」
相変わらずご飯中心ね……。どうせ私なんて只の同僚に変わりないのだろうし。そうそう、私はついこの間から、お隣さんから同僚に昇格していた。
弥恵さんホストクラブで、シィのスウィーツは物凄く評判で、支配人によるとこの2週間で売り上げが格段アップしたらしい。
……私のスウィーツでねぇ。こんな時にフランス生まれフランス育ちは役に立つ。
私は出来たお味噌汁とご飯を冷めないうちによそい、弥恵さんの前に置き、自分の前にも置いた。
「腹減った!よっしゃ!しぃちゃん、今日俺同伴デートだから沢山食べるな!」
「……」
またか。しかもよりによって学校がある日に!邪魔できない!
「へへ……しぃちゃんもしかして焼きもちですかあ?」
ヘラヘラ笑いながら言うくせに的をついているのが、弥恵さんの怖いところ。
「んなはずないでしょ。米の心配ですよ」
「ちぇー。つまんなぁい」
「……キモス」
「なっ!紫唖!」
「……っ!」
不意に呼ばれた本名にドキリ。そうとう末期ね……。
「学校行くから出て」
「はぁい」
予め用意しておいた鞄を手に、弥恵さんが出るのを待って鍵をしめた。
「じゃ、今日は夕飯はいりませんね?」
「うん。頼むよん」
弥恵さんの居ない夕飯か……ちょっと寂しい気がした。
アパートを出て、交差点に差し掛かる。ここからは、大通りになっていて、この時間帯は何時も人がゴミみたくウジャウジャいる。
ちょうど私が信号機の前に立ったら赤になった。
「紫唖じゃん?おはよー」
何時もの聞き慣れた声がする。七緒だ。
「おはよー七緒」
「はれ?今日元気なくない?弥恵さんの事?」
親友である七緒には、私がホストクラブでバイトしている事から弥恵さんの事まで教えて居る。
「まぁ、ね」
「そうか。じゃ、教室でじっくり聞くよ。ここは人が多いもの」
「うん……ありがと」
今の彼氏を落として付き合うまで持って行った七緒は良き恋愛の先輩になる。
もっとも、真似はしたくない。あれが効くのは彼氏の柚木君だけだ。
交差点を過ぎ、暫くすると学校が見えてくる。私の通う高校は全国的にもかなりレベルが高いらしく、なかなか成績のいい私でもテストの成績で上位に入るのは、5回に一回くらいだ。
そして今日がその超競争率の高いテスト初日。バイトを始めたからと言い、成績が落ちるわけには行かない。 昨日は徹夜はよくないので良く寝た。悔いはない。
七緒と私は少し緊張しながらピリピリとした雰囲気の校舎に入った。
――昼休み
「七緒〜元気だしなよぉ……」
「え、えへへ……ごめんね紫唖。今日は相談にのれそうにないよ」
「うん……良いよ。……ねぇ七緒?恋をすると、成績は下がる?」
「……下がる」
「……」
「違っ……紫唖!いつまでも親に振り回され……あっ!」
「……」
七緒はあからさまに不味い、という顔をした。私の前で親のはなしははタブーなのだ。
「紫唖……」
「屋上行って来る」
「ごめん……」
「大丈夫だって。頭冷やしてくるね?」
「うん……」
結局その日はテストだけ受けて、そのままバイトに行くのだった。
「しぃちゃん!浮かない顔だなぁ」
「ヤエさん……」
「え……マヂでテンション低いし。何?どうしたの?」
「……」
私はにこり、と笑い誤魔化した。
「……しぃちゃんが!変だ!」
いつもと違う私を見て弥恵さんが慌てふためく。気持とは裏腹に、今日もスウィーツは良く売れた。
弥恵さんも今日は絶好調らしく、ヘラヘラ笑いでまた客を捕まえたらしかった。
私を心配してか、No.3のホスト、ナカヤさんが話しかけてきた。
「シィ今日元気ないよ?どうしたの?」
ナカヤさんは、顔が可愛い系なので、癒し系キャラとして、このクラブでもなかなかの人気だ。
「そうですか?そんな事ありませんよ?ほら、指名が入っているんですから、早く行ってあげてください?」
「うん……」
ナカヤさんは心配そうにお客さんのもとへ向かった。
皆さんに迷惑を架けている私は最低だ。見た目だけでも元気になろうと、めいっぱい空元気をふるまった。
しかしそんな空元気もほぼ毎日私に会って居る“奴”には、ばれてしまう。
「しぃちゃん空元気だな」
「なっ!そんな事ないですって!」
仕事後、休息室での会話。私は弥恵さんのヘラヘラを見習ってヘラッと笑ってみせる。
「どうしたんです?そんなに真剣な顔して」
「……紫唖」
「……」
その切長で綺麗な目で見つめるのは反則だよ……。あと名前。
「なんかあるなら、俺に言え」
「……」
「1人で抱え込むなよ」
「……そんな、急に言われても……」
「……バイオリン」
「……っ!」
「初めて会った日、ひいてた。……あんなにうまいのに、何で練習しない?レッスンに通う気配もない。……何で辞めた?」
弥恵さん。ピンポイント過ぎるよ。そこだけは……そこだけは誰にも触れてほしくなかったのに。
「……バイオリン、嫌になって」
「嘘だ」
「……っ!」
「顔が嘘ついてる」
私は……この人には全く叶わないらしい。 気付けば、自分とバイオリンの事を、いつしか弥恵さん話し始めている自分がいた。
つづく