表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

普通な僕

もしも特別な何かがあれば――。

きっと多くの人が、一度はそう思うのだろう。

もし自分が天才だったら。もし自分が選ばれた人間だったら。もし自分が――。


小学生になってしばらくの間、自分は基本的に何でもできると思っていた。

でも時間が経つにつれて、自分が天才じゃないことを知ってしまった。


運動会で一番足が速い人。

学年で一番頭がいい人。

クラスの人気者。


そのどれにも、僕は当てはまらない。


いっそのこと、他の人より明確に劣っていれば、僕は何者かになれたのだろうか。

そんな不謹慎なことまで考えてしまう。


僕は誰かより劣っているわけでも、優れているわけでもない。

どこにでもいる、取るに足らない一人の人間だ。



4月8日。

僕は、これまで6年間ずっと右に曲がってきた十字路を、初めて左に曲がった。


……いや、正確に言えば初めてではない。

ただ、今日から通う学校はそっちの正反対の方向にある。


夕凪ゆうなぎ市立第三中学校。

僕が今日から通う場所だ。


大人から見れば、僕たちはまだ何も知らない子供なんだろう。

今朝も母さんは、忘れ物がないか何度も確認して、心配そうに僕を見送った。


もちろん、僕だって自分が大人だなんて思っていない。

世の中には、まだまだ僕の知らないことがきっとたくさんある。


でも、世間の大人たちが思っているほど、子供でもないと思う。


将来のことや人間関係で悩むことだってあるし、ニュースを見れば、無責任な大人たちに苛立つこともある。


ただ、僕には「子供らしい純粋無垢なキャラクター」が期待されている気がして、

つい、少しだけ子供のふりをしてしまう。


そんなことを考えているうちに、気づけば中学校に着いていた。


家からの距離で言えば、小学校よりむしろ近い。

これからは、もう少しギリギリまで寝ていられそうだ。


校門をくぐると、すぐに大きな白い張り紙が目に入った。

そこには、新入生一人ひとりの名前と、クラス、出席番号が書かれている。


僕は自分の名前を探した。


伊藤 湊

2組 3番


これが、僕の名前だ。


学校の地図を確認して、教室へ向かう。

入学式当日から遅刻するわけにはいかないので、少し早めに家を出たのだが、思ったより時間が余っていた。


教室に入ると、そこは思ったより暗かった。


窓は緑色のカーテンで閉め切られていて、電気もついていない。


すでに何人か生徒は来ていたが、誰も電気をつけていないらしい。

あまり目立ちたくない僕も、結局そのままにしておいた。


黒板には白いチョークで座席表が書かれている。


それを頼りに、僕は自分の席に座った。


窓際、前から三番目。


隣の席にはすでに女の子が座っていた。


黒髪のショートボブで白のセーラー服がよく映える。

彼女は何やら熱心に絵を描いていた。

気軽に話しかけたりなんて出来ない、少し異質なオーラを漂わせていた。


僕はバレないように、横目でその絵を見る。



絵のことは全く知らない僕でも、小学校の女子がよく描いていたような絵とは、明らかにレベルが違うということだけは分かる。


ちゃんと「絵が上手い人」の絵だった。


思わず、僕は小さく呟いてしまった。


「すげー」


あ、と思った瞬間、彼女の視線がこちらに向いた。

気を抜くと吸い込まれそうになる澄んだ青色の瞳だ。


しばらく沈黙が流れる。


やばい、と思ったその時。

彼女はふっと微笑んだ。


「ありがとう」


そんな反応をされるとは思わなくて、僕は少し言葉に詰まる。


「普段から絵、描いてるの?」


なんとか平静を装いながら聞く。


「うん!昔から好きなんだ。結構上手いでしょ?」


彼女は楽しそうに笑った。


絵を描いているときは真剣だったのに、思ったよりよく笑う明るい子らしい。


それから僕たちは、絵のことや小学生の頃のことを少し話した。


彼女は器用で、話しながらでも手は止まらない。

ペンはすらすらと紙の上を走っていく。


そうしているうちに、教室はだんだん賑やかになっていった。


やがて担任らしい先生が教室のドアを開けた。

その音でクラス全員が静まり返る。


そして――


ほぼ同時に、チャイムが鳴った。


その音が、僕たちの新しい生活の始まりを告げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ