表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残月の彼方  作者: 夕月かんな(月原悠)
第一章 序曲
7/8

第9話 安らぎの中で

木の葉が紅に色づく頃、彼女の黒髪の香りが漂っていた。

でも、どことなく憂いのある瞳は常にどこかを見つめているようだった。

僕は母さんに彼女を紹介するために家に連れていった。

彼女の心にそっと灯りをともしたいと思ったから。


「由香里さん。よければ、僕の実家へ行ってみないかな? 僕の母さんに由香里さんを紹介したいんだ」

「このような私でいいのでしょうか?」

「もちろんだよ。きっと母さんと親しくなれるよ」


そして、彼女を僕の家へと案内した。


「母さん、紹介したい人がいるんだ。僕が交際している桐沢由香里さんだよ」

「初めまして、桐沢由香里と申します」

「まあ、素敵なお嬢さんじゃない。拓真にはもったいないくらいだよ」

「いえ、とんでもありません」


彼女は震える声だったけど、母さんは目を細めて笑顔で答えたんだ。

さっそく、夕食を友にすることになった。


「拓真、夕食は何がいいかい?」

「母さん、由香里さんに聞いたらどう?」

「そうね。由香里さんは何がいいかしら」

「お気遣いありがとうございます。私は頂けるだけでも嬉しいです」

「いいんだよ。何でも言ってね」

「そうだよ、由香里さん。遠慮しなくてもいいよ」

「それでは、お鍋料理が食べてみたいです。家族で食べた記憶がないのです。以前から食べてみたいと思っていました」

「ああ、いいね。でも、材料があったかしら」

「母さん、なんでもいいって言ったろ」


僕と母さんは冷蔵庫を開けてみた。でも、材料らしいものはなかったんだ。


「由香里さん。豆腐と白菜しかないけど……」

「いえ、構いません。それでは最後にご飯を入れて、おじやにしたら、どうですか?」

「由香里さん、いいねえ、ご飯ならあるけど、拓真、材料を買っておいで」

「大丈夫です。お母さま」

「あら、お母さんでいいんだよ」


そして、夕食が始まった。

しかし、彼女の瞳から頬を伝わるものがあった。


「あら、どうしたのかい?」

「そうだよ。由香里さん」

「羨ましいです。こんなに温かい料理を食べたのは初めてです。私の家はシェフが作る料理なのですが、いつも一人で食べていました。いつも寂しい思いをしていて……拓真さんが羨ましいです」

「そうだったのかい、それは辛かったのね」

「はい……お母さま」

「由香里さん、うちは確かに貧しいけど、いつも母さんと一緒に食べている。決して豊かではないけど……」

「ほら、そろそろ豆腐がいいように煮えたよ。由香里さん食べてごらん」

「はい、ありがとうございます」


触れ合う時間は短かった。でも、彼女に笑顔が戻ってきたんだ。


「そろそろ、帰らないといけません。今日はありがとうございました」

「おや、もう帰るのかい?」

「そうなんだよ。由香里さんには門限があるんだよ」

「そうかい、こんなお粗末な料理でごめんね」

「いえ、こんなに美味しい料理を食べたのは初めてです」

「それはよかったよ。また、いつでもおいで」

「はい、ありがとうございました」


彼女は帰っていったけど、後ろ姿が何かを語っているように思えた。

僕が帰り道送っていくと、紅の葉が静かに落ちていった。


僕はその夜は眠れなかった。

由香里さんの家庭環境のことを思うと、

確かに恵まれた生活とは聞いている。

僕はそういった点では決して裕福ではないけど、

母さんがいる。

優しい母さんがいる。

でも、父さんはいない。

そこが由香里さんと異なるところだけど、

由香里さんの話を聞くと、どうやら、父親の愛情を受けずに育ってきたとのこと。

僕にしてあげられることは何だろう。

由香里さんのそばにいてあげることだろうか。

僕は無力感に襲われた。


翌日になって。


公園に、そっと花が置いてあった。いつものように――

しばらくすると、由香里さんが現れた。

でも、表情は暗く僕はうまく声をかけてあげられなかった。


「拓真さん、昨日はありがとうございました」

「いや、あれでよかったのか、あの夜考えたんだ」

「どうしてですか?」

「なんだか、由香里さんの後ろ姿が寂しそうだったから」

「拓真さん、実は私には決められた人がいるのです」

「決められた人とは?」

「私は拓真さんのことを想っています。でも、父は私に定められた人を押し付けようとしています。そのことを考えるといてもたってもいられなくて……」

「定められた人とは、もしかして、結婚相手のこと?」

「はい……ごめんなさい。今まで黙っていて……」

「それは……」

「でも、でも、私は拓真さんのそばにいたいです。拓真さんは私のことをどう想っていますか?」

「もちろん、由香里さんを愛しているよ。そうに決まっているじゃないか」

「本当ですか?」

「もちろんだよ。でも、僕がなんとかするよ」

「どうやって……? 私の父は国政に影響を与えるくらいの力をもっています。いざとなったら、拓真さんが危険な目に遭うはずです」

「それでもいいよ。それでもいい。僕が由香里さんを守るよ」

「無理だと思います。だから……」

「それ以上は言わない。必ず僕がなんとかする。それは信じて。近いうちにお父様に話に行く。由香里さんは僕のことを信じてほしい」

「わかりました。昨日は幸せでした。豊かな生活ではないかもしれませんが、私は幸せでした。また、お母さまと3人で一緒に過ごしたいです」

「それなら、僕がなんとかするから、待っていて」

「はい」


気づくと胸の中に壊れかけた欠片を僕はそっと抱きよせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ