第3話 雪の戯れ 第4話 光と影
第3話 雪の戯れ
由香里は泣きながら、あの公園のベンチへと足を向けた。
拓真と出会った場所だった。
なぜなら、そこに自由が待っているように思えたからだ。
拓真はいつもどおり、帰り道に公園を通っていった。
そして、由香里の存在に気づいた。
「君はこの間の…… どうして泣いているの?」
「いえ……」
「何か事情があるのなら、話してごらん。僕でよければ話を聞くよ」
由香里は温かな光がさすように思えた。そして、自由という世界に触れたように思えた。でも、家の事情を話すことはできずに、ベンチに座ったままだった。
「じゃあ、黙っているんだったら。少し待っていてね」
拓真は公園に降り積もった雪をかき集めた。
「君、見ていてね。ほら、雪を回していくとだんだん大きくなるよ。何を作ろうとしているのかわかるよね?」
由香里は涙をハンカチで吹いて答えた。
「はい、雪だるまですね?」
「そうだよ。幼いころに父と一緒に作ったんだ。楽しかったよ。よければ一緒に作ろう」
「はい」
「そうだよ。その笑顔だよ!」
「すごいですね。次第に大きくなっています!」
「僕は雪だるまを作る度に希望が膨らんでいくような気がして、たまに作るんだ」
「私は希望がないのです……?」
「どうして?」
拓真と由香里は雪だるまを作りながら、会話が続いていた。
「私は恵まれた生活をしているのですが、何もかも親のいいなりで、押し付けられて…… そして……」
「もう、それ以上話さなくていいよ。さっきの笑顔がなくなったじゃない」
「つらいのです……」
拓真は何かを思いついたようだ。
「じゃあ、目を閉じてそこに立っていて」
「はい。でも怖いです」
「大丈夫だよ」
「キャ、冷たい!」
「ほら、雪は冷たいだろうけど、今はどうかな?」
「温かいです。手をつないでくださっているのですね。恥ずかしいです」
「今度はほら!」
「キャ、雪玉を投げないでください」
「ほら、ほら」
「キャ やめてください!」
「そうだよ。君の笑顔は素敵だよ。僕は拓真というけど、君の名前は?」
「私は由香里といいます。さきほどあなたが校舎の窓を拭いていましたね」
「君はもしかして、東大生?」
「はい。あなたの姿があまりに希望に満ちていて、それがとても羨ましくて」
「君も今から希望はあるよ」
「いえ……」
由香里は再び涙を流し始めた。
「大丈夫だよ。それ以上は言わなくていいよ。それより、雪を食べてごらん。シャーベットのようにおいしんだ」
「はい。あ、本当ですね」
「やはり、君の笑顔は素敵だよ」
「そんな……恥ずかしいです」
外は夕暮れ色に染まっていた。楽しい時間が過ぎ去ろとしており、
由香里に現実という暗い影を落とした。
「拓真さん。そろそろ帰らないといけません」
「どうして? もう少しいいだろう」
「いえ、私の家はとても厳しくて、夕方は門限があるのです」
「そうなんだね。わかった。また、会ってくれないかな?」
「はい」
「ここの公園によく来るから、待っているよ」
「はい」
由香里の心に優しい風が吹いたようだった。
第4話 光と影
どこかで影の音がした。
「先生、どうでしょう? うちの娘は?」
「ああ、美しい…… 何より気品がある。こんな私でいいのか悩むくらいだ」
「いえ、そんなことはありませんよ。ところで、選挙も近いですし、先生も苦労が絶えませんな」
「ああ、何より金がかかるからな。よろしく頼むよ」
「まかせてください。金だけはあまるほどありますから。わが桐沢財閥には」
「頼もしいな。早く由香里さんを手に入れたいものだ」
「今日はうちのシェフにフレンチを作らせています。もうしばらくしたら、娘も帰ってきますから。一緒に食事でもどうですか?」
「それは楽しみだな。なんでもテレビにでも登場する名シェフらしいですな」
「そうなんです。先生のために用意させていただきました。きっと気にいるかと思います」
どこかでかすかな光が差した。
「母さん。今日は鍋の材料を買ってきたよ。あまり具はないけど、温まるさ」
「そうだね。拓真」
「ごめんね。僕の給料がもう少しよければ外食でもいいけれどね」
「いいんだよ。そういうやさしい拓真の気持ちがうれしいよ」
「できたよ。母さん。早く食べよう」
「そうね」
「母さん。ここに鶏肉があるよ。食べてみてよ」
「いいんだよ。拓真が食べていいんだよ」
「どうしたんだ。母さん。涙を流して」
「拓真、ごめんね。こんなにも我が家が貧しくて」
「母さん…… 僕は幸せだよ。こんなにも温かい家庭に育って。父さんはなくなったけど。母さんがいるから。ほら、鶏肉を食べてよ」
「ありがとう。拓真……」
由香里に待ち受けるものとは
「ただいま、帰りました」
「ああ、由香里、先生がお待ちだ。早くこちらへ来なさい」
「お父様……」
「これは由香里さん、久しぶりです。お元気にされていましたか? 相変わらずお美しいですね」
「もう、嫌です……」
「由香里、待ちなさい。まったくもう、先生、申し訳ありません」
「ああ、いいんだ。料理もそうだが煮込めば煮込むほどうまみがでるというものだ」
メイドの声が屋敷内に響いた。
「ご主人様。お嬢様が家から飛びだしていきました」
「まあ、いい。ほっとけ。そのうち泣きべそをかきながら帰ってくるさ」
「でも、この前も……」
「そうだな。佐藤。後を追え」
「承知しました……」
由香里の心に、静かな影が忍び寄っていた。




