第7話:ALSOKもびっくり、自動防衛システム
「……待て。おい、待てよ」
カレーの匂いに後ろ髪を引かれながら撤退しかけた勇者レオンだったが、ふと足を止めた。 彼の瞳に、下卑た欲望の光が宿る。
「あんな立派な屋敷だ。魔王の別荘か、あるいは古代の遺跡か知らねえが……絶対に『お宝』があるはずだろ?」
寒さと空腹で判断力が鈍っていたレオンは、冒険者として最もやってはいけない選択をした。 すなわち、正体不明の拠点への強行侵入である。
「俺は勇者だぞ? いざとなれば聖剣がある。中の奴を脅して、食い物と金品を巻き上げてやる」
レオンは仲間たちを手で制し、抜き足差し足でログハウスの敷地へと近づいていった。 その一歩が、地獄への入り口だとも知らずに。
◇
『ピロン♪ エリアAに侵入者を検知しました。』
リビングで食後のコーヒーを楽しんでいた俺のスマホに、軽快な通知音が届いた。 画面を見ると、雪の中をコソコソと近づいてくる人影が一つ。
「……あいつ、まだ居たのか」
画面に映っているのは、元同僚のレオンだ。 どうやら懲りずに我が家の敷地(結界内)に入り込もうとしているらしい。
「アリス、ちょっと耳塞いでてくれ」 「へ? はい……?」
俺は面倒くさそうに画面をタップした。 表示されたウィンドウには、『防犯システム起動』の文字。 モードは『レベル1:威嚇(非殺傷)』を選択。
「ポチッとな」
俺は指一本で、制裁を下した。
◇
レオンが、家の周囲を囲む金属の柵を跨ごうとした、その瞬間だった。
『警告。不法侵入です。直ちに退去してください』
無機質な合成音声が響いたかと思うと、庭の雪の中から「黒い筒」がせり上がってきた。 通販で購入した『害獣撃退用・業務用スプリンクラー(高圧洗浄機機能付き)』だ。
「あ? なんだこの筒は……」
レオンが首をかしげた直後。
バシュウウウウウウウッ!!!
「ぐああっ!?」
筒の先から、とてつもない水圧の水流が噴射された。 それはただの水ではない。 外気温マイナス二十度の雪の中で冷やされ、シャーベット状になりかけた、極低温の「氷水」だ。
「つ、冷てぇぇぇぇぇ!!? な、なんだこれ!? 氷のブレスか!?」
顔面を直撃した冷水に、レオンが悲鳴を上げる。 だが、現代のセキュリティ(通販)はこれだけでは終わらない。
バスッ! バスッ! バスッ!
続いて、軒下に設置された発射機から、オレンジ色の球体が連射された。 『防犯用カラーボール(塗料・悪臭成分入り)』だ。 それらは正確にレオンの顔面や鎧に着弾し、弾け飛んだ。
「ぐっ!? 目が……! なんだこのオレンジ色の毒液は!?」
視界を奪われ、鼻を突く異臭にむせ返る。 パニックに陥ったレオンに、トドメの一撃が放たれる。
ウゥゥゥゥゥ――――――――ッ!!!!!
鼓膜をつんざくような大音量のサイレン。 さらに、赤色の回転灯が激しく点滅し、周囲の雪原を血のような赤色に染め上げる。
「う、うわああああああ!!!」
氷のブレス(水)を浴び、謎の毒液をかけられ、魔獣の咆哮に晒される。 未知の恐怖に、勇者の心は完全に折れた。
「た、助けてくれぇぇぇ!! ここはヤバい! 罠だ! 呪われるぅぅぅ!!」
レオンはオレンジ色の塗料まみれの顔で、無様に雪の上を転がりながら逃げ出した。 遠くで見ていた仲間たちも、「勇者がやられた!」「逃げろ!」と蜘蛛の子を散らすように敗走していく。
◇
『侵入者の排除を確認しました。』
スマホの画面から、侵入者の反応が消えた。 俺は「ふぅ」と息を吐き、サイレンを停止させた。
「な、何事ですかゲイル様!? すごい音が……!」
耳を塞いでいたアリスがおずおずと尋ねてくる。 俺はニヤリと笑い、テーブルの上のミカン(箱買いした)を手に取った。
「ん、なに。ちょっとした『虫除け』が作動しただけだ」 「虫除け……? あんな轟音が鳴る虫除けが……?」
アリスは困惑しているが、本当のことだ。 害虫(勇者)を追い払ったのだから。
「それよりアリス、デザートにミカンどうだ? コタツに入って食うと美味いぞ」 「い、いただきます……」
外では、びしょ濡れになった勇者が極寒の森で凍死しかけている頃だろう。 だが、俺の知ったことではない。 俺たちはぬくぬくとコタツに足を入れ、甘いミカンを味わう。
「平和だなぁ……」
俺はオレンジ色の皮を剥きながら、改めてこの隠居生活の素晴らしさを噛み締めていた。




