第3話:文明の利器は魔法より強し
ログハウスは完成したが、まだただの「木の箱」だ。 現代人である俺にとって、ライフラインのない生活は考えられない。
「まずは電気だ。これがなきゃ始まらない」
俺は通販ウィンドウから『業務用静音発電機(ガソリン大容量タンク付き)』を購入し、裏手の室外機の隣に設置した。 ドゥルン……と低い駆動音が響き始める。 家のブレーカーを上げ、リビングのスイッチを入れる。
パッ。
天井に取り付けたシーリングライトが、広々としたリビングを昼間のように照らし出した。 松明や魔石ランプの揺らめく薄暗い光ではない。LEDの、安定した文明の光だ。
「よし……! 次は水回り!」
俺は勢いに乗って、魔石を惜しみなく投入していく。
冒険者時代、一番辛かったのは洗濯だった。 凍てつく川の水で、ゴワゴワの服を手洗いする苦行。あれはもう二度と御免だ。 俺は脱衣所に『ドラム式全自動洗濯乾燥機』を設置。 リビングの床には、円盤型の『ロボット掃除機』を放つ。
「行け、ルン○。俺の代わりに働いてくれ」
ピロリ♪ と軽快な電子音を上げて動き出す黒い円盤を、俺は父親のような目で見送った。
そしてトイレ。 ここには俺の尊厳に関わる最重要アイテム、『温水洗浄便座』を取り付けた。 異世界のトイレ事情の過酷さは、語るのもおぞましい。 これでお尻の平和も守られた。
「ふう……一通り揃ったな。だが、今回の目玉はこれだ」
俺はリビングの一等地に、とある「玉座」を召喚した。 黒革張りの重厚なボディ。近未来的なフォルム。 『AI搭載・最高級マッサージチェア(医療機器認証済み)』。 お値段、魔石換算でもかなりの額だが、背に腹は代えられない。
俺はおそるおそる、その革張りのシートに身体を沈めた。 リモコンの「無重力モード」ボタンを押す。 ウィィィ……と座面が倒れ、まるで宇宙に浮いているような体勢になる。
「さあ、お手並み拝見といこうか……」
スイッチオン。 直後、俺の背中を、機械仕掛けの「神の手」が襲った。
「ぬぉっ……!?」
グググッ……! 肩甲骨の裏側に、絶妙な角度でもみ玉が食い込んでくる。 そこだ。そこはずっと、重たい荷物を背負って凝り固まっていた聖域だ。
「あ゛あ゛〜〜〜……そこ……っ、ぐぅ……!」
情けない声が漏れる。 だが、止まらない。 もみ玉は容赦なく下へと移動し、爆弾を抱えた腰椎周辺を入念に指圧し始めた。
「んぐっ……! うおおおお……腰が……生き返るぅぅ……」
冒険者ギルドのマッサージ師なんて目じゃない。 正確無比で、疲れを知らない機械の指圧。 四十二年分の疲労が、物理的に粉砕されていくようだ。 俺は白目を剥きかけながら、ヨダレを垂らして悶絶し続けた。
◇
マッサージで骨抜きにされた後は、仕上げの時間だ。 俺は新設した風呂場へと向かった。
そこにあるのは、真新しい『ユニットバス』。 蛇口を捻ると、ボイラーで沸かされた適温のお湯が、湯気を立てて浴槽を満たしていく。
「これこれ。これだよ……」
俺は棚から『日本の名湯シリーズ・登別』の袋を取り出し、封を切った。 サラサラと粉末を入れると、透明なお湯が瞬く間に乳白色へと変わり、硫黄の香りが浴室に充満する。 異世界の森の奥地で、登別の湯。 この背徳感がたまらない。
服を脱ぎ捨て、掛け湯をして、ざぶんとお湯に浸かる。
「……極楽、極楽……」
思わず、お決まりの台詞が出た。 お湯の熱さが、芯まで冷えた体にじんわりと染み込んでいく。 凝り固まった筋肉がほどけ、魂まで洗濯されるようだ。
ふと、小窓の外を見る。 二重ガラスの向こうでは、猛烈な吹雪が吹き荒れていた。 ゴオオオオッ、と風が唸り、木々が大きくしなっている。
この壁一枚隔てた外は、マイナス二十度の地獄。 だが俺は今、乳白色の湯に浸かり、温かい湯気に包まれている。
「あいつら、今頃どうしてるかなぁ……」
俺を追放した勇者レオンたちの顔が脳裏をよぎる。 テントの設営はできただろうか。 凍った保存食をかじりながら、ガタガタ震えているんじゃないだろうか。
「ま、若いんだ。根性で乗り切れるだろ」
俺は意地悪く笑うと、お湯を手ですくって顔を洗った。 この圧倒的な「格差」。優越感。 それこそが、何よりの酒の肴だった。




