第20話:決戦(一方的)、そして領主へ
「おい、ゲイル!! 出てこい!!」 「隠れても無駄だぞ! この女がどうなってもいいのか!?」
平和な春の午後。 ログハウスのリビングにある大型モニターには、胸糞の悪い映像が映し出されていた。
家の前のゲート付近。 かつての仲間、勇者レオンたちが、後ろ手に縛られたシルヴィアを地面に引きずり倒し、剣を突きつけている。 シルヴィアは抵抗した様子で頬が腫れているが、気丈にこちらを睨んでいる。
「……はぁ」
俺は飲みかけのコーヒーカップを、コトリとテーブルに置いた。 重い音が、静まり返ったリビングに響く。
「ゲイル様……」 「ワフッ……」
アリスとポチが、不安そうに俺の顔を覗き込む。 俺は怒っていた。 自分たちが悪口を言われる分には、まだ無視できた。 だが、我が家に遊びに来てくれる友人を巻き込み、あまつさえ暴力を振るうなど、ライン越えも甚だしい。
「客人に手ぇ出すとか、あいつら終わってんな」
俺の声は低く、冷たかった。 もう慈悲はない。 俺はスマホを取り出し、通販アプリを起動した。 検索カテゴリは『害獣駆除』ではない。『暴動鎮圧・対テロ装備』だ。
「アリス、ポチ。ちょっと行ってくる」 「私も行きます!」 「俺もだ!(ガウッ!)」
俺たちはゆっくりと立ち上がった。
◇
「おい! 聞こえてんのか無能! 財産を全部置いて出て行け!」
レオンは焦っていた。 脅しをかけてから数分。反応がない。 まさか見捨てたのか? いや、あのゲイルに限ってそんな非道な真似は――。
ズズズズズ……。
重い駆動音と共に、ログハウスの正面ガレージが開いた。 レオンたちの顔に喜色が浮かぶ。
「へっ、やっと出てきやがっ……た……?」
だが、そこから現れたのは、土下座して命乞いをするおっさんではなかった。 現れたのは、六つのタイヤを持つ、巨大な装甲車のような車両。 屋根には放水銃。側面にはスピーカー。 『最新鋭・暴動鎮圧用放水車(警察仕様・払い下げ品)』だ。
「な、なんだあの鉄の馬車は!?」
スピーカーから、ゲイルの声が増幅されて響き渡る。
『警告する。直ちに人質を解放し、投降せろ。カウントはしない。今すぐだ』
「う、うるせぇ! ハッタリかますな!」 「そうだ! こっちには人質が……」
レオンがシルヴィアの首に剣を近づけた、その瞬間。
『交渉決裂だ』
バシュウウウウウウウウッ!!!!!
「ぐぼあぁっ!!??」
放水銃から放たれた高圧水流が、ピンポイントでレオンだけを直撃した。 それは昨夜のスプリンクラーとは次元が違う。 人間一人が木の葉のように吹き飛び、後方の木に叩きつけられる威力だ。
「レオン!?」 「ひぃっ、み、水魔法の極大級!?」
仲間たちがパニックになる中、装甲車のハッチが開き、何かがポンポンと投げ出された。 空中で炸裂し、白い煙が辺り一面に広がる。 『催涙ガス弾(CSガス)』だ。
「ごほっ!? げほっ、おえぇぇぇっ!!」 「目が、喉がぁぁぁ!! 息ができなぃぃぃ!!」
鼻水、涙、咳が止まらない。 呼吸困難に陥り、武器を取り落として地面を転げ回る元勇者たち。 剣と魔法の世界の住人に、科学が生み出した「生理的苦痛」への耐性などあるはずがない。
「制圧完了」
俺はハンカチで口元を覆いながら、悠々と煙の中を歩いていった。
◇
煙が晴れた頃、そこには無惨な光景が広がっていた。 レオンたちは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにし、痙攣している。 俺は拘束されていたシルヴィアの縄を解いた。
「大丈夫か、シルヴィアさん」 「ゲ、ゲイル様……。申し訳ありません、不覚を……」 「いいってことよ。……さて」
俺は倒れているレオンを見下ろした。 彼はまだ意識があり、充血した目で俺を睨みつけてきた。
「くそ……っ、卑怯だぞ……! なんでお前が……こんな力を……」 「卑怯? 人質取った奴が何を言う」
俺が冷たく言い放つと、巨大化したポチ(フェンリル)が、レオンの胸板を前足で踏みつけた。
「グゥルルルゥ……ッ(動くな、噛み砕くぞ)」
その絶対的な殺気に、レオンは完全に凍りついた。 さらに、その後ろからジャージ姿のアリスが現れる。 彼女は蔑むような冷ややかな目で、かつての仲間たちを見下ろした。
「……最低ね、あなたたち」
その一言は、どんな攻撃魔法よりもレオンたちの心を抉った。 あの従順で、守ってやる対象だった聖女が、今は魔王の隣で、自分たちをゴミを見るような目で見ている。
「あ、アリス……お前、洗脳されて……」 「されてないわよ。私は自分で選んでここにいるの。……もう二度と、私たちの前に現れないで」
その時、森の奥から蹄の音が聞こえてきた。 シルヴィアの発信機に反応して駆けつけた、ギルドの武装部隊だ。 先頭には、あの元気になったギルドマスターの姿もあった。
「そこまでだ、愚か者ども!!」
マスターが一喝すると、兵士たちが一斉にレオンたちを取り押さえた。 現行犯逮捕。 人質誘拐、強盗未遂、殺人未遂。余罪を含めれば、一生牢屋から出ることはないだろう。
「はなせ! 俺は勇者だぞ! Sランクだぞ!」 「往生際が悪い! 連れて行け!」
レオンたちの叫び声が遠ざかっていく。 かつての栄光は地に落ち、彼らはただの犯罪者として退場していった。
◇
騒ぎが収まった後。 ギルドマスターが俺の前に進み出ると、恭しく跪いた。
「ゲイル殿。この度は、不届き者が大変なご迷惑を……」 「いや、いいよ。シルヴィアさんが無事でよかった」 「それで、ご相談なのですが……」
マスターは懐から、豪奢な装飾が施された羊皮紙を取り出した。
「王家からの勅命です。この森一帯を、貴殿の『特別自治区』として正式に認めたいと」 「……は?」 「つまり、貴殿をこの地の『領主』として任命したいのです。税は免除、国からの干渉も一切なし。その代わり、この森の管理者として、時折『特産品(イチゴ大福や薬)』を国に卸していただきたい」
要するに、「お前は強すぎて手が出せないから、特別扱いする代わりに仲良くしてくれ」ということらしい。 本来なら面倒な役職はお断りだが……。
「……ふむ。領主になれば、王都への流通ルートも自由に使えるのか?」 「もちろんです。優先的に物資を運ばせます」
それは魅力的だ。 今後、通販で買ったものを換金したり、逆にこちらの作物を売ったりするのに、公式なルートがあるのは便利だ。 それに「領主」という肩書きがあれば、今日のような輩も寄り付かなくなるだろう。
「わかった。引き受けよう」 「おお! 感謝いたします、ゲイル卿!」
マスターが感涙し、シルヴィアが安堵の息を吐き、アリスとポチが「やったー! 領主様だー!」と歓声を上げる。
こうして。 過労死して、追放されたさえないおっさんは、気づけば広大な森を支配する「領主」になっていた。 最強のログハウスと、愛する家族(?)に囲まれて。
「ま、肩書きが変わっても、やることは変わらんけどな」
俺は空を見上げた。 さて、今夜は祝勝会だ。 通販で『特上すき焼きセット』でも注文するとしようか。
俺のスローライフは、これからも続いていく。 より快適に、より優雅に。
(第3章 完)




