第19話:勇者パーティ、没落の極み
王都の裏路地にある、安酒場。 薄暗く、腐った油とゲロの臭いが充満するその店で、四人の男女が泥酔していた。
「くそっ……! なんでだ! なんでどいつもこいつも俺たちを認めねぇ!」
木製のジョッキをテーブルに叩きつけたのは、かつてSランク勇者として名を馳せたレオンだった。 だが今の彼に、その輝きはない。 自慢のミスリル鎧は借金のカタに売り払い、今はボロボロの革鎧。 整っていた顔立ちは無精髭に覆われ、目は血走り、酒焼けしている。
「あのクエストだって、情報が間違ってたんだよ……」 「そうよ……回復役がいないから、ポーション代がかさんで赤字だし……」
仲間の魔法使いと剣士も、虚ろな目で安酒(水で薄めたエール)を啜っている。 ゲイルを追放してから数ヶ月。 彼らの転落ぶりは凄まじかった。
荷物持ちがいなくなったことで、長期遠征が不可能になった。 聖女がいなくなったことで、怪我の回復に莫大な金がかかるようになった。 そして何より、「ゲイルの的確な指示(危機察知)」を失った彼らは、凡ミスを連発し、依頼失敗を繰り返した。
今やランクはCまで降格。 「元Sランクの落ちこぼれ」として、街中の笑い者になっていた。
「おい、追加だ! 酒持ってこい!」 「お客さん、もうツケは利かないよ。金がないなら出てってくれ」
店主に冷たくあしらわれ、レオンは歯ぎしりした。 惨めだ。あまりにも惨めだ。 ほんの数ヶ月前までは、王族のような扱いを受けていたのに。
「……これも全部、あのおっさんのせいだ」
レオンは歪んだ思考で呟いた。 自分たちが無能なわけがない。 あいつが、ゲイルが呪いをかけたに違いない。 そうでなければ、こんな理不尽なことがあってたまるか。
◇
「おい、聞いたか? 最近のギルドの羽振りの良さ」
隣の席で飲んでいた冒険者たちの会話が、ふと耳に入ってきた。
「ああ。なんでも、ギルドマスターの不治の病が治ったらしいぜ」 「マジかよ。教会の魔法でも無理だったんだろ?」 「『森の管理者』様から、秘薬を分けてもらったんだとよ。万能のエリクサーだとか」
レオンの耳がピクリと動いた。 『森の管理者』。 最近、街で囁かれている噂だ。あの「魔王の森」を支配する、謎の人物。
「それだけじゃねえぞ。Sランクのシルヴィアさんが持ち帰ってくる『菓子』もヤバいらしい」 「ああ、『白い宝石』だろ? 餅の中に、宝石のような果実が入ってるって……」 「貴族たちが『金貨百枚出してもいいから食わせろ』って殺到してるらしいぜ」
金貨百枚。 その単語を聞いた瞬間、レオンたちの濁った瞳に、下卑た光が宿った。
「……おい、聞いたか」
レオンが声を潜める。仲間たちも顔を見合わせた。
「森の管理者……あのログハウスの主か」 「あそこに、そんなお宝があったなんて……」
彼らの脳裏に、数ヶ月前の記憶が蘇る。 恐怖の放水と、毒液の洗礼を受けた、あの要塞。 だが、今の彼らに恐怖心よりも勝るものがあった。 それは「金への執着」と「逆転への渇望」。
「……おかしいと思わねぇか?」
レオンがニヤリと笑った。
「便利な道具。美味い飯。万能の薬。……全部、あいつ(ゲイル)が得意だった分野だ」 「あ……」 「そうだ。あのおっさんは、俺たちに隠れて『魔王の遺産』を見つけていたに違いねぇ。それを独り占めしてやがったんだ!」
都合のいい妄想が、彼らの中で真実へと変わっていく。 ゲイルは生きている。 そして、自分たちが手に入れるはずだった富と名声を、不当に独占しているのだ。
「許せねぇ……! それは俺たちのモンだ! 俺たちが勇者として世界を救うために必要な資金だったんだ!」
レオンは拳を震わせた。 逆恨みも極まれり。だが、追い詰められた彼らに正論は通じない。
「でもレオン、あそこには近づけないわよ? またあの『光の巨人(LED)』や『水のブレス』が……」 「真正面から行くわけねぇだろ」
レオンは残った酒を飲み干し、凶悪な笑みを浮かべた。
「ギルドの女……シルヴィアだっけか? あいつが定期的に森へ出入りしてるらしいな」 「ええ、外交官気取りでね」 「なら、話は早い」
レオンは腰の剣を撫でた。 腐っても元勇者。卑怯な手段を使えば、密偵一人くらい捕らえられる。
「人質だ。ギルドの職員を盾にすれば、あのおっさんも手出しできねぇ」 「なるほど……!」 「あいつは甘ちゃんだからな。女の命と引き換えに、財産を全部出せと言えば従うはずだ」
どん底の酒場で、最悪の作戦が立案された。 それは、彼らが冒険者としてだけでなく、人間としても完全に終わることを意味していた。
「見てろよ、ゲイル……。お前から全て奪い返して、俺たちが再びSランクに返り咲いてやる……!」
外は冷たい春の雨が降っていた。 彼らの没落は、もう止まらない。




