第18話:おっさん、うっかり「特効薬」を作ってしまう
「あー……肩が凝った」
春の陽気で畑仕事に精を出したせいか、あるいは長年のデスクワーク(前世)のツケが回ってきたのか。 最近、どうにも肩と腰が重い。 最高級マッサージチェアですら取りきれない、体の奥底に溜まった「澱」のような疲れ。
「湿布もいいが、そろそろ中から治すか」
俺はリビングの窓から、新しく拡張した「薬草エリア」を眺めた。 トマトやキュウリの隣で、ひっそりと育てていた植物たち。 通販で購入した『薬用ハーブの種セット(漢方系)』だ。
クズ、シャクヤク、ショウガ、カンゾウ、シナモン……。 いわゆる『葛根湯』や、滋養強壮に効く漢方の原料である。
「よし、煎じるか」
俺は庭に出て、育ちすぎなくらい青々と茂った葉や根を収穫した。 異世界の土壌が良いのか、肥料(現代化学配合)が効きすぎたのか、どれも葉肉が厚く、むせ返るような強い香りを放っている。
キッチンに戻り、土鍋でコトコトと煮出す。 しばらくすると、独特の土臭さと、スパイシーな香りが部屋に充満した。
「うっ……苦そうな匂いです」
アリスが鼻をつまんで逃げていく。 ポチも「クゥーン(勘弁してくれ)」と顔を背けた。 だが、おっさんになると、この「良薬口に苦し」な匂いが逆に効きそうで悪くないのだ。
「ふー、ふー……ズズッ」
出来上がった茶色い液体をすする。 苦い。だが、飲んだ直後からカッカッと腹の底が熱くなる。
「……おお、効くぅ」
指先まで血が巡り、凝り固まった筋肉が内側からほぐれていく感覚。 やはり、東洋医学の神秘は異世界でも健在だ。 俺はポット一杯に作った特製ハーブティーを、満足げに眺めた。
◇
「……はぁ」
その日の午後。 いつものように「外交」に訪れたシルヴィアだったが、今日はいやに元気がなかった。 好物のショートケーキを出しても、フォークが進んでいない。
「どうした? 悩み事か?」 「あ、いえ……すみません、ゲイル様」
シルヴィアは力なく微笑んだ。
「実は、ギルドマスターが倒れまして」 「ギルドの親玉がか? 病気?」 「はい。原因不明の高熱と、古傷の痛みに魘されて……。教会の高位司祭に回復魔法を掛けてもらったのですが、効果がなくて。もう高齢ですし、覚悟をした方がいいと……」
「ふうん、高熱と関節痛か」
俺は自分の肩を回しながら、ピンときた。 それ、ただの「風邪」と「神経痛」の併発じゃないか? この世界の回復魔法は、外傷には強いが、ウイルスや内科的な不調には意外と弱いと聞く。
「なら、これ飲むか?」 「え?」
俺はテーブルの上に置いてあったポットを指差した。
「俺も肩こりが酷くて作ったんだが、体温まるぞ。血行が良くなれば、大抵の病気は治るもんだ」 「血行……ですか?」
シルヴィアは怪訝そうな顔をしたが、俺が勧めるものだ。 「毒ではない(むしろ美味)」という信頼がある。
「余ってるし、タッパーに入れてやるよ。マスオさん……だっけ? そのじいさんに飲ませてやんな」 「マスターです。……ありがとうございます。お気持ちだけ、頂いていきます」
シルヴィアは「気休めでも、何かしてあげたい」という表情で、茶色い液体が入った水筒を受け取り、帰っていった。
まさかそれが、国を揺るがす騒動になるとは思わずに。
◇
数時間後。冒険者ギルドのマスター室。
「うぅ……苦しい……寒い……」
ベッドには、白髪の老人が横たわっていた。 かつては剣聖と呼ばれたギルドマスターも、病魔には勝てず、顔色は土気色で、呼吸も浅い。
「マスター……」
シルヴィアは枕元に座り、水筒を取り出した。 ゲイルから貰った「薬草茶」。 蓋を開けると、独特の強い香りが漂う。
「なんだ、その匂いは……」 「ゲイル様から頂いたお茶です。体が温まるからと」 「あの魔王がか……? フフ、冥土の土産に、一杯もらおうか……」
マスターは震える唇で、カップに注がれた茶色い液体を一口含んだ。
ズズッ……。
その瞬間だった。
ドクンッ!!
老人の心臓が、早鐘のように打ち鳴らされた。 胃袋に落ちた液体が、まるで太陽の欠片のように熱を発し、爆発的なエネルギーとなって全身の血管を駆け巡ったのだ。
「な、ん……だ……!? 熱い、体が燃えるようだ……!」 「マスター!?」
シルヴィアが驚愕する目の前で、信じられない現象が起きた。 土気色だった老人の顔に、見る見るうちに赤みが差していく。 荒かった呼吸が整い、濁っていた瞳に精光が宿る。
それだけではない。 「痛い、痛い」と長年苦しんでいた膝や腰の古傷から、黒い霧のようなものが噴き出し、消滅していった。
「う、おおおおおおっ!!??」
カッ! と老人が目を見開く。 次の瞬間、彼はベッドから飛び起きた。 いや、飛び起きるどころか、その場で軽くジャンプし、空気を切り裂くようなシャドーボクシングを始めたのだ。
シュッシュッ!
「か、軽い! 体が羽根のようだ! 熱も引いた! 膝も痛くない! というか、二十年前より調子がいいぞ!?」 「マ、マスター……!?」
シルヴィアは水筒を取り落としそうになった。 瀕死だった老人が、一瞬で全盛期の動きを取り戻している。
「シルヴィアよ! これは一体なんだ!? ただの薬草茶などではない! 『世界樹の雫』か!? それとも『神の血』か!?」 「い、いえ、ゲイル様は『肩こりに効く草』だと……」 「肩こりだと!? バカを言え! これは生命力そのものを活性化させる、伝説級の『万能霊薬』そのものだぞ!!」
老人は涙を流して感動していた。 俺が育てた日本の漢方(F1種)は、異世界の魔力を帯びた土壌で育つことで、成分が濃縮されすぎていたのだ。 その効果は、市販のポーションの数千倍。 まさに、死にかけの人間すら無理やり叩き起こす劇薬だった。
「おお……あの方角に足を向けては寝られん……!」
ギルドマスターは、森の方角に向かって深々と土下座をした。
「私の命を救ってくれた魔王ゲイル様……いや、『薬師如来』様……! 一生ついていきます!」
一方その頃。 そんなことになっているとは露知らず。 俺は風呂上がりに腰に手を当て、「うーん、やっぱり湿布も貼って寝るか」と、ペタリと冷感湿布を貼っていた。 特効薬を作れても、自分のおっさん具合だけは完治しないのが、悲しい現実である。




