第17話:イチゴ大福、国境を超える
「おお……赤くなってる」
春の陽気が降り注ぐ家庭菜園。 俺はしゃがみ込み、プランターの中を覗き込んで感嘆の声を上げた。
冬の間にエンジン付き耕運機で開墾し、ハウス栽培で育てていた『トチオトメ』。 その第一号が、見事な真紅の実をつけていた。
「ゲイル様、これがイチゴですか? 私の知っている野イチゴより、三倍は大きいです!」
隣でジョウロを持ったアリスが目を輝かせている。 この世界の野生種は小指の先ほどの大きさで、酸味が強い。 だが、こいつは違う。大人の親指二本分はある巨体と、宝石のような光沢。そして鼻を近づけるだけで漂う濃厚な甘い香り。
「日本の品種改良を舐めるなよ。……よし、収穫だ」
俺はハサミでプチリと茎を切った。 今日収穫できたのは、ボウル一杯分、およそ二十個。 そのまま練乳をかけて食うのもいいが、今回は少し手間をかけて、とっておきのスイーツを作ることにした。
◇
キッチンに戻った俺は、通販で新たな食材を取り寄せた。 『白玉粉』、『上白糖』、そして『北海道産・極上こしあん』。
「ゲイル様、その白い粉は?」 「『餅』の素だ。今日はこれを作る」
俺は耐熱ボウルに白玉粉と砂糖、水を入れて混ぜ、電子レンジ(500W)に放り込んだ。 この世界には「蒸す」工程をすっ飛ばせる電子レンジという神の家電がある。
チン♪
数分後。ボウルの中には、粘り気のある半透明の白い塊が出来上がっていた。 それを片栗粉を敷いたバットに広げ、熱いうちに等分する。
「あちち……」
指先を冷やしながら、餅を平たく伸ばし、真ん中に丸めた『あんこ』と、先ほどの『イチゴ』を乗せる。 そして、赤ちゃんの肌のように柔らかい餅で、優しく包み込んでいく。
クルッ、キュッ。
「できた。『イチゴ大福』だ」
白い餅肌から、うっすらと中のイチゴの赤色が透けて見える。 白、黒、赤のコントラスト。 それは、皿の上に現れた小さな芸術品だった。
◇
ピンポーン♪
ちょうど大福を作り終えたタイミングで、玄関のチャイムが鳴った。 モニターを見ると、見慣れたエルフの美女が立っている。 ギルドの密偵兼、我が家への外交官となったシルヴィアだ。
「いらっしゃい、シルヴィアさん。タイミングいいな」 「こんにちは、ゲイル様。今日は重要な案件で参りました」
リビングに通されたシルヴィアは、いつもより少し真面目な顔をしていた。 彼女はカバンから羊皮紙の束を取り出し、テーブルに広げた。
「ギルド本部と領主様からの正式な書状です。この森の一帯を『ゲイル様の特別自治区』として認め、相互不可侵条約を結びたいと」 「ほう、話が早いな」 「ええ。前回の暗殺部隊の件……教会があっさり壊滅したと聞いて、上層部が震え上がっておりますので」
シルヴィアは苦笑した。 どうやら、あのVRホラーで発狂したガリウスたちが、街に戻って「あそこは地獄だ」「光と幻影の魔術師がいる」と触れ回ったらしい。
「で、こちらが条約の草案なのですが……」 「まあ、堅い話は後にして、茶でも飲もうや。新作が出来たんだ」
俺は作りたての『イチゴ大福』と、熱い緑茶を彼女の前に差し出した。
「これは……? 白い……スライム?」
シルヴィアが怪訝な顔をする。 無理もない。餅という食文化はここにはない。
「毒見は私がします!」
アリスが待ちきれない様子で、自分の分を手に取った。 大きな口を開けて、ガブリ。
「ん〜っ!!!」
アリスが頬に手を当てて身悶えする。
「もちもちですぅ〜! お餅がフワフワで、あんこが甘くて、イチゴがジュワッて……!」 「そ、そんなに?」
アリスの反応を見て、シルヴィアも恐る恐る白い塊を手に取った。 指に吸い付くような、しっとりとした感触。 彼女は小さく口を開け、端を齧った。
その瞬間、エルフの長い耳がピーン! と跳ね上がった。
「ッ!?」
(な、何これ……!?)
シルヴィアの脳内を衝撃が駆け巡る。 最初に歯を受け止める、頼りないほどの柔らかさ。 次に舌に広がる、豆を煮詰めた濃厚な甘み(あんこ)。 これだけだと甘すぎるはずなのに、中心にある巨大な果実が弾け、爽やかな酸味が全てを調和させる。
甘味と酸味。柔らかさと瑞々しさ。 相反する要素が、口の中で完璧なワルツを踊っている。
「……信じられない」
シルヴィアは震える声で呟いた。
「この果実……ただでさえ希少な甘味を持つのに、それをさらに甘い豆と合わせるなんて……贅沢の極みです。王都の王族でさえ、こんな洗練された菓子は食べたことがないはず……」
彼女は残りの半分を大切そうに口に含み、目を閉じて咀嚼した。 飲み込むのが惜しい。 できることなら、このまま口の中で永遠に味わっていたい。
「……ゲイル様」 「ん?」 「このお菓子、交渉に使えます」
シルヴィアは真剣な眼差しで俺を見た。
「この『イチゴ大福』一つあれば、小国の城一つと交換できる価値があります。もしこれを外交の席に出せば、どんな頑固な国王も首を縦に振るでしょう」 「大げさだなぁ。ただの餅だぞ?」 「いいえ、これは『白い宝石』です。……あの、厚かましいお願いですが」 「なんだ?」 「……条約締結の手土産として、あと二、三個いただけないでしょうか? もちろん、私の個人的な消費用として」
クールな密偵が、少し頬を赤らめておねだりしてくる。 俺は笑って、タッパーに詰めてやることにした。
「いいぞ。ポチの分まで食うなよ?」 「ワフッ!(俺の分も残せよ!)」
こうして、俺の作ったイチゴ大福は、国境(ギルドと俺の領地)の壁を溶かし、平和の架け橋となった。 後日、シルヴィアが頻繁に「外交」と称して遊びに来るようになったのは、言うまでもない。




