第16話:捕虜の尋問は「VRホラー」で
翌朝。 俺がリビングでモーニングコーヒーを飲んでいると、勝手口のドギー・ドアからポチ(フェンリル)が帰ってきた。 その口には、黒ずくめの男たちの襟首がくわえられている。 ズルズルと引きずられてきたのは、昨晩、俺の畑でひっくり返っていた「泥棒たち」だ。
「ワフッ(主よ、ゴミ拾ってきたぞ)」 「おー、ご苦労。……たく、せっかく植えたイチゴを盗もうとするなんて、いい度胸だ」
男たちは四人。全員、目が充血し、涙を流し、寒さでガタガタと震えている。 昨夜のLED攻撃が相当効いたらしい。
俺は彼らをロープで縛り上げ、リビングの床に並べた。 ポチが「ガルルッ」と唸りながら見張っているので、逃げる気力もなさそうだ。
「さて……お前ら、どこのモンだ? 素直に吐けば、ギルドに突き出すだけで許してやる」
俺はなるべく威圧感を出さないように優しく尋ねた。 だが、リーダー格らしき男――ガリウスは、震えながらも俺を睨みつけてきた。
「……殺せ。我らは神に仕える身……異教の魔王に屈することはない……!」
他の三人も口を堅く閉ざしている。 どうやらただの野菜泥棒ではなく、どこかの狂信的な組織の構成員らしい。 「魔王」とか呼んでくるあたり、頭も少しイカれているのかもしれない。
「殺しなんて野蛮なことするかよ。ただ、情報を吐かないなら……少し『お仕置き』が必要だな」
俺はため息をつき、ソファの脇に置いてあった「黒いゴーグル」と「ヘッドホン」を手に取った。 最新型の『VRヘッドセット(完全遮音・高解像度モデル)』だ。 前世で予約購入し、転生後も通販で買い直した俺の宝物である。
「な、なんだその不気味な仮面は……!」 「我々の魂を吸い取る気か!?」
ガリウスたちが怯える。 俺はニヤリと笑った。
「魂は吸わないが、ちょっと『怖い夢』を見てもらうだけだ。……ポチ、こいつを押さえつけてろ」
俺はガリウスの頭にVRゴーグルを強引に被せ、ヘッドホンを装着した。 視界と聴覚を完全に遮断する。 そして、PCを操作し、とあるゲームソフトを起動した。
タイトルは『バイオ・オブ・ザ・デッド VR』。 心臓の弱い人はプレイ禁止の、超リアル・ゾンビサバイバルホラーだ。
「ゲームスタートだ」
エンターキーを、ポチッ。
◇
(ガリウス視点)
「ひっ!?」
ガリウスは息を呑んだ。 一瞬にして、温かいリビングの気配が消えた。 目の前に広がっていたのは、血と錆にまみれた、薄暗い廃病院の廊下だった。
「こ、ここはどこだ!? 転移魔法か!?」
後ろを振り返る。 壁、天井、床。どこを見ても、その腐臭漂う空間が続いている。 あまりにもリアルな質感。 そして、耳元で響く水滴の音と、何者かのうめき声。
『ウゥゥ……アァァ……』
「だ、誰かいるのか!?」
ガリウスは魔法を使おうとしたが、手足が動かない(現実では縛られているため)。 その時。 廊下の奥から、体の一部が欠損した腐乱死体が、よろりよろりと歩いてくるのが見えた。
「あ、アンデッド!? なぜ教会の中にこんなものが……!」
死体はこちらに気づくと、恐ろしい形相で走ってきた。 血走った目。剥き出しの牙。
『ガァァァァァァァッ!!』
「く、来るな! 聖なる光よ……出ない!? なぜ魔法が使えない!?」
距離が詰まる。 死体の腐った口が、目の前数センチまで迫る。 吐息さえ聞こえてきそうな距離感。 ガリウスの脳は、これを「現実」だと誤認した。
「ひぃぃぃぃぃぃぃッ!!!!」
さらに、ヘッドホンから『360度立体音響』が襲いかかる。 右耳のすぐ後ろで、別の女の笑い声がした。
『……ミツケタ……』
ガリウスは反射的に振り向いた。 そこには、顔半分が崩れた女の霊が、張り付いていた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」
◇
(現実視点)
「うわぁぁぁぁ! 来るな! 食われるぅぅぅ! 助けてくれぇぇぇ!!」
リビングの床で、ゴーグルをつけたガリウスが芋虫のようにのたうち回っていた。 傍から見ればシュールな光景だが、本人は必死だ。 顔面は蒼白で、脂汗をダラダラと流している。
「……お、おい、ガリウス隊長が……」 「あんな短時間で発狂するなんて……一体どんな精神破壊魔法を……」
残りの三人は、仲間の無様な姿を見てガタガタと震え上がっている。 「未知の呪具」への恐怖が伝染していた。
やがて、ガリウスの股間あたりがジワリと濡れ始めた。 恐怖のあまり、失禁したらしい。
「よし、これくらいでいいか」
俺はVRゴーグルを外した。 ガリウスは白目を剥き、口から泡を吹いて虚空を見つめている。 完全に心が折れていた。
「……はぁ、はぁ……ここは……現世か……?」 「さて、尋問再開だ。お前らの雇い主と、目的は?」
俺が冷ややかに見下ろすと、ガリウスは俺の足を舐めるような勢いで頭を擦り付けた。
「言います! 全部言いますから、あの地獄には戻さないでくれぇぇ!!」 「……我々は教会から派遣されました! 聖女アリス様を連れ戻すか、不可能なら暗殺しろと……!」
「――ああん?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中でスイッチが入った。 野菜泥棒だと思っていたが、こいつら、アリスを殺しに来たのか。
俺が眉をひそめると同時に、ジャージ姿のアリスが部屋に入ってきた。 手にはポテチ、口元にはチョコがついている。
「ん? ゲイル様、なんか騒がしい……って、ガリウスさん!?」 「せ、聖女様……!?」
ガリウスたちは、アリスの姿を見て絶句した。 やつれ果て、拷問を受けていると思っていた聖女が、ツヤツヤの肌で、見たこともないふかふかの服を着て、お菓子を食べている。
「あなたたち、また嘘をついたのね……。『聖女は魔王に囚われている』って」 「そ、それは……」 「私はここが一番幸せなの! 帰りたくないって言ってるでしょ!」
アリスが睨みつけると、ガリウスたちは完全に戦意を喪失した。 教会の嘘。 圧倒的な魔王の力(VRとLED)。 そして、幸せそうな聖女。
「……我々の負けだ」
ガリウスは項垂れた。
「こんな……地獄の幻影を操り、光を支配する魔王になど、勝てるわけがなかったんだ……」
彼らは完全に俺に屈服した。 その後、彼らが「この城の掃除係として働かせてください」と懇願してくるまで、そう時間はかからなかった。 とりあえず、ガリウスには漏らした床を掃除させるところから始めさせよう。




