第15話:教会の追手、LEDの光に焼かれる
深夜。月明かりさえ届かない深い森の闇の中を、数つの黒い影が疾走していた。 彼らは、中央正教会が放った裏の実行部隊――『異端審問官』。 表向きは教義を守る聖職者だが、その実態は、教会にとって不都合な者を闇に葬る暗殺者集団である。
「……目標、前方三百メートル」
リーダーの男、ガリウスがハンドサインを送る。 彼らの目的は一つ。 数ヶ月前に行方不明となった聖女アリスの奪還。 それが不可能であれば――『始末』すること。 聖女が魔王に寝返ったなどという醜聞、決して世間に知られてはならないからだ。
「奴は『魔王』と呼ばれているらしいが……我らの『闇歩き(ダーク・ウォーク)』の前では無力だ」
彼らは全員、視覚を夜闇に特化させる魔法を使用し、さらに気配を完全に遮断していた。 今の彼らにとって、夜は昼間のように見えている。 どんな警備がいようと、気づかれる前に喉を掻き切る自信があった。
やがて、木々の隙間からログハウスが姿を現した。 静まり返った館。 窓からの明かりも消え、住人は完全に寝静まっているようだ。
「……行くぞ。抵抗する間も与えるな」
ガリウスたちは音もなく敷地内へ侵入した。 目指すは寝室。 彼らは、丁寧に耕されたばかりの黒土の畑――ゲイルが丹精込めて作った家庭菜園エリアへと足を踏み入れた。
その瞬間だった。
カチッ。
無機質なスイッチ音が、静寂を破った。
「……?」
ガリウスが音のした方へ顔を向けた、次の刹那。
カッッッッッッッッッ!!!!!!!
世界が、白一色に染まった。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!??」 「目がぁっ!? 目が焼けるぅぅぅっ!!!!」
悲鳴が夜の森に響き渡った。 闇に目を慣らし、瞳孔を極限まで開いていた彼らの網膜に、暴力的なまでの光量が叩き込まれたのだ。
作動したのは、ゲイルが通販で購入し、畑の害獣対策として四隅に設置していた**『超強力・工事現場用LED投光器(スタジアム照明クラス・5万ルーメン)』**。 それが四機、人感センサーに反応して一斉照射されたのである。
真昼の太陽すら凌駕する、純白の閃光。 それは闇に生きる暗殺者たちにとって、最も凶悪な「毒」だった。
「み、見えないッ! 何も見えないッ!!」 「こ、これは『聖なる光』か!? 魔王ではなく、神の使いだというのか!?」
あまりの神々しい白光に、彼らはパニックに陥った。 こんな魔法は見たことがない。 最高位の神聖魔法『ホーリー・レイ』ですら、ここまでの輝度はない。 涙が止まらず、目の奥が焼けつくように痛い。 彼らは地面をのたうち回り、己の顔を覆うことしかできなかった。
◇
「……んあ?」
一方、ログハウスの中。 深夜にトイレに起きた俺は、コップに水を汲もうとしてキッチンに立っていた。 すると突然、窓の外がカッと明るくなった。
「うおっ、まぶし」
カーテンの隙間から、強烈な光が差し込んでくる。 どうやら、畑に設置したセンサーライトが反応したらしい。
「またタヌキか? それとも鹿か?」
最近、せっかく植えたイチゴの苗を狙う野生動物が多くて困っていたのだ。 だから奮発して、夜間工事で使うようなバカでかい投光器を設置したのだが……効果はてきめんらしい。
俺はあくびをしながら窓に近づき、少しだけカーテンを開けて外を覗いた。 光の洪水の向こうで、何やら黒い服を着た生き物が数匹、地面を這いずり回っているのが見えた。
「……なんだあれ。黒い猿か?」
人間にしては動きが奇妙だし、うめき声を上げている。 まあ、何にせよ、あの光を浴びて無事でいられる野生動物はいないだろう。
「あー、まぶしいまぶしい。近所迷惑だから消しとくか」
俺は壁にある集中スイッチを操作し、ライトをオフにした。
プツン。
世界が再び、漆黒の闇に戻る。 だが、一度強烈な光を浴びてしまった暗殺者たちの目は、急激な暗転に対応できない。 視界は完全にブラックアウトし、平衡感覚すら失っていた。
「ひぃぃっ!? や、闇が……!?」 「光の次は闇の断罪か……!?」
外から聞こえる怯えた声を「猿の鳴き声」だと判断し、俺は水を飲み干した。
「ま、明日の朝、ポチに追い払わせるか」
俺は再びあくびをして、ふかふかのベッドへと戻っていった。
外では、視力を奪われ、精神崩壊した教会最強の暗殺部隊が、ただの「光る箱」に敗北し、朝まで身動き取れずに凍えることとなる。 LEDの光は、邪悪な者を焼く聖なる炎よりも、物理的に目に悪かったのだ。




