第14話:春だ、畑だ、農業チートだ
「それではゲイル様、また来週『ケーキ』を頂きに参ります」 「ああ。ギルドへの口止め、頼んだぞ」
雪解けが進み、春の陽気が漂い始めた森の入り口。 Sランク密偵のシルヴィアは、ショートケーキの味に完全に買収され、我が家の「外交官」として帰っていった。 これで当面の間、ギルドからの干渉はないだろう。
「さて……」
俺はポカポカとした日差しを浴びて、大きく伸びをした。 雪に閉ざされていた冬が終わり、新緑の季節だ。 こうなると、日本人のDNAがうずき出す。
「新鮮な野菜が、食いたい」
通販で野菜は買える。だが、やはり「採れたて」の味は別格だ。 それに、毎日通販で買っていては魔石の消費もバカにならない。 家庭菜園で自給自足こそ、スローライフの醍醐味だろう。
「アリス、ポチ。ちょっと庭をいじるぞ」 「お庭ですか? お花を植えるんですか?」 「いや、もっと実用的なもんだ」
俺はウィンドウを開き、検索ワードを打ち込んだ。 『家庭菜園 初心者 セット』。 そして何より重要なのが、種だ。 この世界の野菜は、品種改良されていない原種に近いものが多く、実が小さくて酸っぱい。 だが、俺が買うのは『現代日本のF1種(一代交配種)』だ。 病気に強く、甘く、そして収穫量が多い。まさにバイオテクノロジーの結晶である。
『トマト(甘くて皮が薄い)』 『キュウリ(イボなし・病気に強い)』 『ナス(長ナス)』 『イチゴ(とちおとめ)』
カートに次々と放り込む。 だが、ここで問題がある。 森の土は木の根が張り巡らされ、石も多く、カチカチに固まっている。 これをクワ一本で耕す? 腰痛持ちの俺に、そんな重労働ができるわけがない。
「科学の力、見せてやるか」
俺はニヤリと笑い、とある「マシン」を購入した。
◇
ズシン。
庭に召喚されたのは、真っ赤な塗装が施された、鉄の塊だった。 鋭い回転刃を備え、ガソリンエンジンを搭載した猛獣。 『家庭用小型耕運機』だ。
「ゲ、ゲイル様……? なんですか、この禍々しい鉄の魔道具は……」 「ワフッ?(強そうな匂いがするぞ?)」
アリスとポチが怯えたように後ずさる。 無理もない。内燃機関のメカメカしいフォルムは、この世界には異質すぎる。
「こいつはな、大地を支配する道具だ」
俺はタンクにガソリンを給油し、スターターロープを握った。 エンジン始動。
ドルルルルルルルルルッ!!!!!
「きゃあああああ!? 唸ったぁぁぁ!?」 「バウッ!?(敵襲か!?)」
爆音が静かな森に響き渡り、黒い排気ガスが噴き出す。 アリスは耳を塞いでしゃがみ込み、ポチは戦闘態勢に入った。
「ははは! ビビるなビビるな!」
俺はハンドルを握り、クラッチを繋いだ。 唸りを上げる赤いボディが、未開の荒れ地に突っ込んでいく。
ガガガガガガガガッ!! バリバリバリバリッ!!
凄まじい音と共に、鋼鉄の回転刃が地面を噛む。 カチカチだった土が、雑草や小石ごと粉砕され、宙に舞う。 石が弾け飛び、木の根が千切れ飛ぶ。
「す、凄い……! 土属性の最上級魔法でも、ここまで深く大地を抉れません!」 「見ろアリス! 土がフカフカになっていくぞ!」
俺は耕運機に引きずられるように前進するだけでいい。 ものの数分で、岩盤のように固かった荒れ地が、黒々とした柔らかい「畑」へと変わっていく。 人力なら一週間はかかる作業が、わずか三十分。 腰への負担はゼロ。
「これがエンジンの馬力だ!」
俺はアクセル全開で庭を往復し続けた。
◇
一方その頃。 森の奥深くに住む魔物や動物たちは、震え上がっていた。
『聞いたか、あの音を……』 『魔王様が、大地を切り裂く「鋼鉄の咆哮」を上げているぞ……』 『怒らせてはいけない。あそこには近づくな……』
ドルルルル……という地響きのようなエンジン音は、森の住人たちにとって「破壊の化身」の産声に他ならなかった。 この日を境に、ゲイルの家の半径一キロ以内には、虫一匹寄り付かなくなったという。
◇
「ふぅ、いい汗かいたな」
エンジンを切り、俺はタオルで額を拭った。 目の前には、綺麗に畝が作られた、黒土の畑が広がっている。 そこに『最高級培養土』と『有機配合肥料』を撒き、種と苗を植え付けていく。
「これでお茶を沸かして、肥料の入った土を被せて……と」
最後に、通販で買ったジョウロで水を撒く。
「ゲイル様、これで本当に食べ物ができるんですか?」 「ああ。日本の野菜は美味いぞ。特にこのトマトは、フルーツみたいに甘いんだ」 「フルーツみたい……じゅるり」
アリスが涎を垂らす。 ポチも、フカフカになった土の感触が気に入ったのか、植えたばかりの畑の上でゴロゴロし始めた。 「こら、苗を潰すな」と叱りつつ、俺は満足感に浸っていた。
「早く育つといいな」
魔王の城の庭に、平和な家庭菜園が誕生した瞬間だった。 その裏で、森中の魔物たちが「魔王が領土拡大を始めた」と恐怖しているとも知らずに。




