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過労死して転生したのに、異世界でも社畜やってました。 〜42歳、無能と追放されてようやく気づく。俺のスキル『現代通販』は、働くためじゃなく「サボる」ためにあったんだと〜  作者: コニシ・リョウ
【第2章:要塞化と飯テロの攻防編】

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第13話:聖女様、帰りたくないと駄々をこねる

「アリス様! 今、お助けします!」

私は短剣を抜き放ち、テーブルを飛び越えてアリス様の元へと駆け寄った。 狙うは、アリス様を「堕落」という鎖で縛り付けている魔王ゲイルの首ではない。 まずは彼女を確保し、この窓を破って脱出するのが先決だ。

「さあ、私の手を取ってください! 教会が、皆があなたの帰還を待っています!」

私はアリス様の手首を掴み、力強く引いた。 だが――。

「……やだ」

アリス様は、テコでも動かなかった。 それどころか、私の手を振り払い、ソファの背もたれにしがみついたのだ。

「え?」 「やだ! 帰りたくない!」

アリス様は叫んだ。 その目は、洗脳された者の虚ろな目ではない。 「親にオモチャ売り場から引き剥がされそうになった子供」のような、必死な目だった。

「な、何を仰るのですか!? 教会に戻れば、ふかふかのベッドも、温かいスープも……」 「嘘よ! 教会のベッドはわら布団じゃない! スープだって具のない塩味のお湯じゃない!」

アリス様は涙目で訴える。

「ここのベッドは『ていはんぱつ』なの! 包み込まれるように眠れるの! お風呂は毎日お湯が出るし、トイレは座るだけでお尻を洗ってくれるの!」 「と、トイレが……お尻を……?」 「それに、まだアニメの続きを見てないの! 主人公がやっと覚醒したところなのよぉぉぉ!!」

アリス様はピンク色のウサ耳フードを被り直し、ジタバタと手足を暴れさせた。 聖女としての威厳は欠片もない。 完全に、文明の利器と娯楽に魂を売り渡している。

「くっ……なんという強力な精神支配……!」

私は歯噛みした。 贅沢と快楽漬けにして、元の生活に戻れない体に改造する。 これが魔王のやり方か。なんて卑劣な!

「こうなれば、無理やりにでも……!」 「グルルルゥ……ッ」

私が強硬手段に出ようとした瞬間、空気が凍りついた。 背後から、重低音の唸り声。 振り返ると、そこには「死」が立っていた。

先ほどまでゲイルの足元で寝ていた白い小型犬が、一瞬にして巨大化していたのだ。 天井に届きそうなほどの巨躯。 白銀の毛並み。 そして、私の喉元に突きつけられた、鋭利な牙。

「フェ……フェンリル……!?」

伝説の神獣。一国の軍隊でも敵わない災害級の魔物。 それが、私を見下ろしている。 その瞳は明らかに語っていた。 『俺の飼い主(飯係)の家で暴れるな。そして、俺の平和な昼寝を妨げるな』と。

「ひっ……!」

短剣を取り落とし、私は腰を抜かしてその場へへたり込んだ。 勝てるわけがない。 この魔王城は、設備だけでなく、番犬すらも規格外すぎる。 私の命運は尽きた――。

「こらポチ、客人を脅すな。デカくなると部屋が狭くなるだろ」

絶望する私の頭上から、間の抜けた声が降ってきた。 ゲイルだ。 彼はフェンリルを恐れるどころか、スリッパでペチッとその前足を叩いた。

「キャウン(すまん)」

神獣が、情けない声を出してシュンと縮み、元の小型犬サイズに戻った。 ……信じられない。 神獣を「ポチ」呼ばわりして躾けている。 この男、やはり魔王の中の魔王だ。

「さて、お二人さん。ちょっと落ち着こうか」

ゲイルはため息をつきながら、冷蔵庫から白い箱を取り出した。

「暴れたら腹減ったろ。ちょうど『甘いもん』があるんだ」 「あま……いもの?」 「ああ。シルヴィアさんと言ったか。まあ、これを食ってから話そうぜ」

彼が皿に乗せて差し出したのは、白い三角形の物体だった。 雪のように真っ白なクリーム。 その頂点に鎮座する、鮮烈な赤色の果実。 そして、甘く芳醇なバニラの香り。

「これは……?」 「『ショートケーキ』だ。解凍もちょうど終わった頃合いだろ」

私は警戒しつつも、フォークを手に取った。 さっきのコーラ(秘薬)の例がある。 この男が出すものが、ただの毒であるはずがない。

私は先端を少し切り取り、口へと運んだ。

パクッ。

「ん……ッ!?」

衝撃が走った。 口に入れた瞬間、白いクリームがフワリと消えた。 まるで雲を食べているかのような軽やかさ。 その後に広がる、濃厚な乳のコクと、砂糖の甘み。 そして、スポンジ生地のしっとりとした食感。

「なに、これ……」

美味しい。 いや、そんな言葉では生温い。 王都のパティシエが作る焼き菓子など、これに比べれば泥団子だ。 極上の甘さが脳を揺らし、酸味のある果実イチゴが爽やかな風を吹き込む。

「ん〜っ! おいひぃ〜!」

隣では、アリス様がすでに二個目を頬張り、幸せそうに頬を緩ませている。 その笑顔を見て、私は理解してしまった。

彼女は洗脳されているのではない。 ただ純粋に、この城の食事と生活に「心底惚れ込んでいる」のだと。

「……負けました」

私はフォークを皿に置いた。 こんな神の食べ物を出されては、戦意など維持できるはずがない。

「私としたことが、取り乱して申し訳ありません、魔王様……いえ、ゲイル様」 「わかってくれればいいよ」

ゲイルはニカッと笑い、自分の分のケーキをポチに分けてやっている。

私は最後の一口を名残惜しく口に運びながら、心の中で誓った。 アリス様を連れ戻すのは無理だ。 ならば、せめて私がこの城とギルドのパイプ役になり、この「楽園」を秘密裏に守るしかない。 ……ついでに、またこのケーキをご馳走になろう。

甘いクリームの味が、私の中のギルドへの忠誠心を優しく溶かしていった。


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