【第3章:魔王の城(マイホーム)へようこそ編】第11話:Sランクの密偵、自動ドアにビビる
「……ここが、報告にあった『魔王の城』か」
闇夜に紛れ、音もなく雪原を疾走する影があった。 冒険者ギルド本部直属、Sランクの密偵、シルヴィア・ローレン。 長い耳を持つエルフ族であり、隠密と暗殺のスペシャリストである彼女は、ギルドマスターからの特命を受けていた。
『勇者パーティを壊滅させ、森の主すら従える未知の魔王。その正体と戦力を調査せよ』
シルヴィアは息を殺し、木々の陰からターゲットを見上げた。 雪の中に堂々と鎮座する、幾何学的で美しいログハウス。 窓からは、見たこともないほど明るく安定した光(LED照明)が漏れている。
「魔力感知……反応なし。結界の気配もない」
シルヴィアは眉をひそめた。 これほどの城に、警備の兵も魔術的な防壁もないとは。 よほどの自信家か、あるいは――「入ったら二度と出られない」罠か。
「行くわよ」
彼女はスキル『影縫い』を発動。 気配と足音を完全に消し、風のように敷地内へと滑り込んだ。 彼女の潜入を見破れる者など、この国には存在しないはずだった。
――カッッッ!!!!
「なっ……!?」
シルヴィアが庭の中央に足を踏み入れた瞬間、世界が白く染まった。 闇に慣れた目を灼くような、強烈な閃光。 軒下に設置された『人感センサー付きLEDセキュリティライト(大光量タイプ)』が作動したのだ。
「ひ、光魔法の探知結界!? 詠唱もなく一瞬で!?」
シルヴィアは即座にバックステップで木陰に退避し、冷や汗を流した。 油断した。 魔力の波動など一切感じなかったのに、あの一角に入った瞬間、正確に自分を捕捉し、照射してきた。 あれほどの高等魔術を、無機質な物体に封じ込めているというのか。
「……恐ろしい相手ね」
シルヴィアは警戒レベルを最大に引き上げた。 だが、任務を放棄するわけにはいかない。 彼女は光の届かない死角(室外機の裏など)を縫うように移動し、なんとか玄関の前まで辿り着いた。
「よし、まずは内部へ……」
彼女はドアに手を掛けようとして、凍りついた。
「……取っ手が、ない?」
重厚な木の扉。そこには、ノブも鍵穴も見当たらなかった。 あるのは、黒いガラス質のパネル(スマートロック)だけ。 物理的なピッキングも不可能。
「まさか、転移魔法を使わないと入れない扉……?」
シルヴィアが戦慄した、その時だった。
ウィィィィィィン……。
静かな駆動音と共に、扉が横へとスライドし、自動的に開いた。 彼女は指一本触れていない。 もちろん、誰も扉の向こうにはいない。
「かっ、勝手に……!?」
シルヴィアは背筋が凍る思いだった。 気配を消していたはずなのに。 姿も見せていないはずなのに。 この城の主は、最初から全てお見通しで、「入れ」と扉を開けて見せたのだ。
これは、招待ではない。 『入る度胸があるなら来い』という、絶対強者の挑発だ。
「……上等じゃない」
シルヴィアは震える手を抑え、短剣の柄に手を掛けながら、開かれた扉の中へと足を踏み入れた。
◇
「うーっす。いらっしゃい」
玄関ホールに入ったシルヴィアを出迎えたのは、殺気も覇気もない、気の抜けた声だった。
そこに立っていたのは、一人の男。 年齢は四十代ほど。無精髭を生やし、服装は……奇妙な、柔らかそうな灰色の上下を着ている。 手には武器ではなく、湯気の立つマグカップ。
「あ、あんたが……魔王……?」
シルヴィアは警戒心と困惑で、身動きが取れなかった。 目の前の男からは、魔力を全く感じない。 オーラもない。 だが、Sランクの彼女が感知できないほど「気配を消している(自然体すぎる)」とも言える。
「魔王? いや、俺はゲイルだけど」
男――ゲイルは、不思議そうに首をかしげた。
「あの、インターホン鳴らさないで入ってくるからさ。てっきり迷子か、通販の置き配かと思ったんだけど」 「い、インターホン……?」 「まあいいや。外、寒かったろ? とりあえず上がりなよ。お茶くらい出すから」
ゲイルはそう言うと、全く警戒する素振りも見せず、無防備に背中を向けてリビングへと歩き出した。
(隙だらけ……! 今なら首を狙える……!)
シルヴィアの暗殺者としての本能が告げる。 だが、それ以上に強烈な「警鐘」が彼女の体を縛り付けた。
『この男を攻撃してはいけない。その瞬間に、死ぬ』
彼は背中を見せているのではない。 「いつどこから襲ってきても、指先一つで返り討ちにできる」という、圧倒的な余裕を見せつけているのだ。 先ほどの光の結界といい、意思を持つ扉(自動ドア)といい、この城の防衛システムは常軌を逸している。
「……失礼するわ」
シルヴィアは短剣から手を離し、強張った足取りで男の後を追った。 まずは情報収集だ。 この底知れない男の懐に入り、その秘密を暴かなければならない。
「適当に座ってて。コーヒーでいいか? それともコーラにする?」
男はそう言って、四角い金属の箱(冷蔵庫)を開けた。 プシュゥ……と冷気が漏れ、庫内が明るく光る。 その中には、色とりどりの液体や食材が、冬の時代とは思えないほど豊富に詰まっていた。
「な、なんて豊富な食料……! これが魔王の財力……!」
シルヴィアはゴクリと喉を鳴らした。 彼女はまだ知らない。 自分が足を踏み入れた場所が、恐怖の魔王城などではなく、文明の利器に満ちた「人をダメにする空間」であることを。




