【第1章:導入〜拠点完成編】第1話:退職願(物理)と、最高の祝杯
はじめまして、あるいはこんにちは。著者のコニシ・リョウです。 観ていただき、誠にありがとうございます。
皆さんは、「異世界転生」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか? 伝説の聖剣を抜く? 邪悪なドラゴンを魔法で倒す? それとも、チート能力でハーレムを作る? ええ、どれも素晴らしい夢です。男のロマンです。
しかし、この物語の主人公・ゲイルは違います。 彼が抜くのは聖剣ではなく「レジのドロワー」です。 彼が放つ魔法はファイアボールではなく「電子レンジの加熱」です。 そして彼が目指すのは、世界の覇権ではなく「週休七日の完全なる怠惰」です。
「便利すぎて忙しい現代社会から逃げ出して、異世界でスローライフを送りたい」 そんな動機で転生したはずなのに、彼が持っていたのは、現代の物資を無限に取り寄せられる『通販スキル』でした。
結果どうなったか? 温かいお弁当の匂いに釣られて、勇者が来ます。 ウォシュレットの快感に負けて、魔王が通い詰めます。 世界を救う戦いよりも、深夜のカップラーメンの方が重要視される。そんな世界になってしまいました。
これは、剣と魔法の世界に、日本の「コンビニ」という最強の文明兵器を持ち込んだ男の、皮肉と笑いと、少しの商魂に満ちた記録です。
どうぞ、肩の力を抜いて、コーラとポテトチップスでも用意してご覧ください。 読み終わる頃には、近所のコンビニが少しだけ神々しく見える……かもしれません。
「ゲイルさん、あんた動きトロいんすよ。加齢臭もするし、正直もう限界なんすわ」
焚き火の明かりに照らされた若き勇者、レオンの顔は残酷なほど無邪気だった。 俺は思わず、ズキリと痛む腰に手をやる。 四十二歳。万年Cランクの冒険者としては、もう引退を考える歳だ。
降りしきる雪が、俺の薄汚れた外套に降り積もる。 Sランクパーティ『銀の翼』。 若く才能ある彼らの荷物持ち兼、雑用係。それが俺の役回りだった。
「お前のスキル『通販』だっけ? あれも金ばっかりかかって燃費悪いんだよな。ポーション買った方が安いって何度言えばわかるわけ?」 「……そうか。すまないな、足手まといで」
俺はあえて、背中を丸めて悲壮感を演出した。 ここで揉めて、殺されでもしたら元も子もない。
「わかってくれてよかったっす! 退職金はないけど、まあ命があるだけマシってことで!」 「ああ、構わない。……今まで世話になったな」
レオンたちは嘲笑混じりの視線を俺に向けたまま、転移魔法のスクロールを展開した。 光が収まると、そこには静寂と雪だけが残された。
極寒の冬の森。 魔物が跋扈する危険地帯のど真ん中。 装備も食料もほとんど持たされないままの追放。実質的な死刑宣告だ。
普通なら、絶望して泣き叫ぶ場面だろう。 だが。
「……行ったか?」
俺は周囲の気配を入念に探る。 そして、彼らの気配が完全に消えたことを確認すると――。
「よっしゃあああああああああ!!!」
俺は雪山に向かって、渾身のガッツポーズを決めた。 腰が「ピキッ」と悲鳴を上げたが、そんな痛みはどうでもいい。
「やっとだ……! やっとこのブラック職場から解放された……!」
俺、ゲイルの前世は、日本のシステムエンジニアだった。 デスマーチの果てに過労死し、この世界に転生した。 「今度こそ幸せになる」と誓ったはずが、生来の真面目さが災いし、気づけば異世界でも都合のいい社畜として使われていた。
だが、それも今日で終わりだ。
「四十代で無職。最高じゃないか」
俺は震える手で、隠し持っていた袋を取り出す。 勇者たちは気づいていなかったが、俺はこのエリアで倒した魔物の魔石を、密かにくすねていた。 退職金代わりには十分すぎる量だ。
「さて……ここからは俺の時間だ」
俺は虚空に手をかざし、ユニークスキル『現代通販』を発動させる。 目の前に浮かび上がったのは、半透明のウィンドウ。 そこには、前世で見慣れたオレンジ色のロゴマークと、懐かしい日本語のインターフェースが表示されていた。
「はは……会いたかったぞ、『アマ○ン』……!」
魔石をチャージすると、画面右上の残高が一気に跳ね上がる。 俺は迷わず検索ウィンドウに文字を打ち込んだ。
勇者レオンは言っていた。「金がかかるだけの無能スキル」だと。 ああ、その通りだ。 このスキルは、戦うためのものじゃない。 「サボる」ためのものだ。
俺は震える指で、次々と商品をカートに放り込んでいく。
『極厚・防水防寒ダウンジャケット(マイナス30度対応)』 『業務用石油ストーブ(ブルーフレーム)』 『灯油 18リットル』
そして、震える指で「確定」ボタンを押す。 その瞬間、目の前の空間が歪み、ダンボール箱がドサドサと雪の上に現れた。
「……魔法かよ」
魔法なのだが、何度見ても感動する。日本の物流は異世界でも最強だ。
俺は手早くダウンジャケットを羽織る。 「うお……あったけぇ……」 最新の化学繊維が、冷え切ったおっさんの体を優しく包み込む。
次に、石油ストーブに灯油を入れ、マッチで火をつける。 ボッ、という音と共に、青い炎が灯った。 じわじわと広がる熱気。灯油の燃える、あの独特の匂い。 それは、前世の冬を思い出させる、郷愁の香りだった。
環境は整った。 なら、次はこれだ。
俺は再びウィンドウを操作し、最後の品を取り出した。 冷気を帯びた黄金色の缶。『プレミアム・モルツ』。 そして、相棒の『ホテイの焼き鳥缶(たれ味)』。
雪の降る森の中。 ストーブの前で、俺はキャンプ用の椅子(これも買った)に深く腰掛ける。
「……お疲れ、俺」
誰に聞かせるでもなく呟き、プルタブに指をかける。
プシュッ。
小気味よい炭酸の音が、静寂の森に響き渡った。 そのまま缶を仰ぎ、喉に流し込む。
キンキンに冷えた黄金の液体が、乾ききった喉を駆け抜け、食道を通り、胃袋へと落ちていく。 その刺激とコク。 異世界の薄いエールとは比べ物にならない、洗練されたホップの香り。
「あ゛あ゛〜〜〜〜……染みるぅ……」
声が漏れた。 目尻に涙が滲んだ。 五臓六腑に染み渡るとは、まさにこのことだ。
俺は焼き鳥缶をつまみながら、夜空を見上げた。 雪雲の切れ間から、星が見える。
「明日は何時に起きようか。……いや、起きなくてもいいのか」
俺の第二の人生が、今、静かに幕を開けた。




