第7話 涙の告白と、衝動のプロポーズ
4回目のループ
テーブルの上には、買ってきた惣菜と、俺が急いで作った味噌汁。
いつもと変わらない夕食の風景……のはずだった。
だけど。
(……戻ってきたんだ。
“あの夜”の少し前にーー)
ほんの数時間前まで、
ユキは高層ビルの屋上から落ちていく“影”だった。
それを見てしまった俺の心だけが、まだ着地できずに宙に浮いている。
なのに、目の前のユキは、まるで何もなかったように
湯気の立つ味噌汁をふう、と冷ましていた。
「……ねぇ、コウくん?」
ユキが微笑む。
その顔は確かにいつものユキだった。
ーー“表面だけ”は。
箸を持つ手が、ときどき小さく震えている。
落ちる視線はどこか不安げで、
笑っているのに、その笑顔だけが置き物みたいに見える。
(また……ここに戻ってきたんだな)
胸の奥が静かに軋む。
つい昨日、ユキの“落下音”で世界が割れたばかりなのに。
今はこうして、目の前であたたかい味噌汁を飲んでいる。
それが救いであると同時に──恐怖だった。
(また……失うかもしれない)
生きている。
ただそれだけで胸が張り裂けるほど嬉しいのに、
同じ結末へ向かう恐怖が喉につかえて息がうまく吸えなかった。
「……おいしいよ、コウくん」
やわらかい声に、胸がぎゅっと縮む。
(守る。今度こそ……絶対に)
決意が、息と一緒に胸に落ちていく。
(誹謗中傷は、もう消した。
じゃあ……ユキの“根っこ”の苦しみは……なんなんだ?)
焦りが奥でざわつき、
気づけば俺はユキの横顔をじっと見つめていた。
ーーふと、壁のカレンダーが目に入る。
赤い丸がついていた。
ユキが死んだ日と同じ、“記念日”。
(……ん?
そういえば……あの日のユキ……)
喉が乾く。
恐る恐る聞いてみる。
「ユキ、そのさ……記念日のこと、覚えてる?」
ユキの手がぴたりと止まった。
「え……?」
「もうすぐだろ? 二年記念日」
「……あっ……そうだった……ごめん、最近……仕事でバタバタしてて……」
笑ってるのに、声が震えていた。
伏し目になり髪をかき上げている
(ユキが……記念日を忘れるなんて……)
胸がざわつく。
でもまだ“決定的”じゃない。
仕事が忙しいなら、誰でもある話──そう思い込みたかった。
だけど、今の俺は見逃さない。
俺は持っていた箸を置いてユキにこう尋ねた。
「ユキさ……もし……
結婚とか……どう思ってる?」
ユキの肩がピクリと揺れた。
「……け、結婚……?」
リビングに沈黙が落ちる。
ユキは両手をぎゅっと膝の上で握りしめ、震える声で言った。
「コウくん……わたし……ひとつ……嘘をついてたの」
心臓が跳ねる。
「……私の両親……離婚してるんだ……」
「……え?」
「ずっと言えなかったの。
嫌われたくなくて……
向こうの家、いろいろあって……」
コウは葬儀の日を思い出す。
父と母は一言も話さなかった。
同棲の挨拶の日も母は来なかった。
(……そういうことだったのか……)
ユキは唇を震わせる。
「だから……結婚って話……
怖いっていうか……明るく考えられなくて……」
泣きそうに笑った。
「こんな私……重いよね……?
がっかり……したでしょ……?」
テーブルの湯気が、二人のあいだに静かなもやを落とす。
横を見ると──
椅子の背もたれに腰掛けたレオナが、じっとユキを見ていた。
眠たげな目の奥に、どこか痛むような色が揺れている。
『……そうだね。
すこしずつ……“答え”に近づいてきたね』
その呟きに、意味は分からないのに
“これは核心の入口だ”と胸がざわりと震えた。
気づけば俺は椅子から立ち上がっていた。
(……もう、放っておけない)
「ユキ」
「……な、なに……?」
椅子を回り込み、そっと両肩に触れる。
「重いなんて思わない。
ユキは……俺が幸せにしたい人だ」
ユキの瞳が震えた。
「だから──」
喉が震える。
胸の奥から言葉がこぼれ出る。
「俺と……結婚してほしい」
言ってしまった。
指輪も、花束もない。
記念日ですらない。
でも、“今のユキ”にしか言えなかった。
ユキは目を丸くし、
唇を震わせ、
手で口元を押さえた。
「……いいの……? 本当に……?」
「ユキがよければ、俺は何度でも言うよ」
小さく、小さく──ユキがうなずいた。
その瞬間、ユキが俺の胸に飛び込む。
「……うん……!
わたしでよければ……!」
胸が熱くなる。
(……よかった……
今度こそ未来を変えられる)
そう信じた。




