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彼女の運命を変えるために、ボクは何度でもやり直す  作者: きいろい なつ


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第6話 抱きしめた夜の翌朝、ユキはいなかった



 その夜、俺たちはいつものように、二人で簡単な夕食を囲んでいた。


 テーブルの上には、ユキが仕事帰りに買った惣菜と、俺が急いで作った味噌汁。

 湯気が揺れながら、薄いオレンジ色の灯りに溶けていく。


 だけどーー。


(薬のこと、話すべきか……?)


 今日、引き出しで見つけた“白い袋”が、ずっと頭から離れなかった。


 向精神薬。

 大量の市販薬。

 隠すように押し込まれた袋。


(ユキは……いつから、あんなものを……)


 正面で箸を動かす顔は、いつも通りに見える。

 だけど、もうその“いつも通り”が演技だと知ってしまった。


(……言うべきなのか……?

 それとも、黙っていたほうが……)


 ユキは笑っていた。

 だけど、その笑顔の影は震えて見えた。


 ふと横を見ると、レオナがソファにちょこんと座っていた。

 猫みたいに足をぶらぶらさせながら。


『…………』


(……言うの?って顔してるよな……)


 黙っているのに、視線がそう語っていた。


 胸が締めつけられる。

 だから――気づいたときには口が動いていた。


「ユキ……その……薬のことなんだけどさ」


 ユキの箸がかすかに止まる。


「え……?」


「俺、見ちゃったんだ。

 あの白い袋……向精神薬とか……市販の薬も……すごい量で……」

 

 焦った言葉が、止められない勢いで溢れる。


 ユキの指が震えた。そして持っていた箸がテーブルに落ちる。


「いつからだよ?

 言ってくれればよかったのに……!

 眠れないなら、相談してくれれば……!」


 

 「や……やだよ……そんな急に……」


 ユキの顔がみるみる青ざめて、呼吸が浅くなる。


「言えなくて……ごめんなさい……

 私、本当はずっと……夜眠れなくて……

 でも……相談したら……コウくんが困ると思って……」


 涙が、目の端ににじむ。


 その瞬間。


『コウ!!』


 レオナがソファの上で立ち上がった。

 両拳をきゅっと握りしめて、大声を上げる。


 普段眠そうな目が、このときだけ鋭い。


『ユキ、泣くよ!?

 そんな急に問い詰めたら……泣いちゃうよ……!』


「ッ!」


(しまった……俺……また……)


「ごめん……ユキ……。

 俺が、焦って……」


 ユキは震える声で首を振った。


「ちがうよ……

 悪いのは私だから……

 弱くて……言えなくて……

 ごめんね……」


 ぽろり、と涙が落ちた。


 胸が張り裂けそうになり、俺はユキを抱きしめた。


「謝らなくていいよ……

 謝るのは俺だ。

 ユキが心配で、ちょっと焦って……」



 腕の中、ユキの体温は確かにあった。

 その温もりを感じて、胸にじんわりと熱が広がる。


「……俺がいるから。

 ユキのことは俺が守るから……大丈夫だから」


 できるだけゆっくりと、優しく言葉を重ねた。


 ユキの肩が少しだけ震え、やがて小さくうなずく。


「……コウ君……

 ……ありがとう……」


 絞り出すような声だった。

 涙をこらえるように、笑顔が揺れていた。


(よかった……生きてる……

 本当に……よかった……)


 胸がじんわりと満たされていく。

 ユキの「ありがとう」に、安心が染み込んだ。


 心の底から、そう信じていた。


 ただーー。


 レオナは黙ったまま、じっとユキを見ていた。

 眠たげなその瞳の奥に、何かが沈んでいるようだった。


『…………』


 抱き合う俺たちを一度も瞬きせずに眺めていた。



(これで大丈夫……

 今度こそ……ユキは助けられる……)



 けれどーー


 抱きしめたユキの背中は、ほんの少しだけ強張ったままだと、

 この時の俺は気づいていなかった。




 ーー翌朝。

 目を覚ますと、ユキの気配がなかった。


「ユキ……?」


 寝室にも、洗面所にもいない。

 代わりに、ダイニングのテーブルの上に一枚の紙。


『ごめんね』


「…………え?」


 短い。

 あまりにも短すぎる。


「ユキ? ユキ!!」


 慌てて部屋じゅうを探す。

 靴はない。

 スマホも、バッグも消えている。


(どこ行ったんだよ……

 昨日、あんなに話したばかりなのに……!)


 息が荒くなる。

 胸がざわついて、頭が割れそうだった。


「ユキ……? どこ行ったんだよ……」


 部屋中を探し回りながら、足元の違和感に気づいた。


 かちっ。


(……え?)


 俺は床に落ちていたリモコンを、うっかり踏んでしまったらしい。

 その直後、テレビが突然ついた。


 画面は朝のニュース番組。

 普段なら聞き流すBGMが、今日は妙に冷たく響く。



『昨夜遅く、都内のオフィスビルで女性が飛び降り死亡しました。

 身元の確認が進められていますが……』


「……やだ……やだやだ……違う……!」


 音量を上げる。


『二十五歳女性、篠崎ユキさんとみられーー』


「ーーッ!」


 世界の音が消えた。


 視界が揺れる。

 胸の奥がぐしゃりと潰れた。


『現場には遺書とみられる紙片が残されており……』


(やめろ……言うな……言うな……!!)



「ユキ……!!」


 床に崩れ落ち、書き置きを抱きしめた。


 涙が止まらない。

 声にならない嗚咽が喉を裂いた。


「なんでだよ……!!

 昨日、抱きしめただろ……!

 一緒に……笑っただろ……!」


 そのとき。



 レオナが静かに現れ、テレビを見つめていた。


 いつもの眠そうな顔。

 けれど、その奥に沈む色は、深く暗かった。


『……ユキ、また……ダメだったんだね』


「なんでだよ……!

 何で死ぬんだよ……!

 守ったのに……助けたのに……!

 どうして……!」


 レオナは小さく首を振る。


『コウくん……

 ユキの苦しみは、

 “見えるもの”だけじゃないんだよ』


「見えるもの……だけじゃ……?」


『もっと深いところ……

 ずっと前からある“痛い場所”があるの』


「……どういう意味だよ……!」


 


 レオナは、泣き出しそうなくらい弱い声で言った。


『……でもね、コウくん。

 まだ終わりじゃないよ』


 小さな手を、そっと差し出した。


『もう一度……

 やりなおそ?』


 次の瞬間ーー

 世界が音も温度も失って、闇の底へ落ちていった。




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