第18話 追いついた腕、触れたら壊れる心
ユキは夜の街へ、ふらふらとまっすぐじゃない足取りで走っていた。
逃げるというより自分がどこへ行きたいのかすら分からないような走り方をしている。
「ユキ!!」
俺は息を切らしながら追いかけた。
肺が痛い。足も鉛みたいに重い。
俺のほうが足が速いはずなのに追いつかかない。
寿命のせいかもしれない。それでも構わなかった。
(俺また……間違えた……)
後悔が胸に刺さる。
ユキのあの怯えきった顔が離れない。
(でも、逃がせない……!
今度こそ、触れるんだ。ユキの本当の痛みに……!)
角を曲がった瞬間、ユキの細い背中が見えた。
俺はその背をそっと、でも確実につかんだ。
そして、後ろから抱きしめた。
「……ユキっ! 」
ユキの体がびくっと震える。
「……っ」
小さな声音が漏れる。
涙か呼吸か、判別できない震えだ。
ガラス細工のように壊れやすくてか細くて、
抱きしめる腕の中で今にも崩れそうだ。
俺は迷うように、でも離せず
ユキの肩に顔を寄せた。
「ユキ。俺、どうしたらいいかまだ全部は分からない。だけど」
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「どんなユキでも、俺は受け止めるから。
離れたりなんて……絶対しないから」
ユキの呼吸が乱れ、そのたび震えが大きくなる。
「やめない……? ほんとに……?」
掠れた声が聞こえる。
それは頼ることに慣れてない人間の、怖がる声だった。
「本当だよ。逃げない。拒まれても、何度でも戻る」
俺はユキのこめかみに額を寄せる。
「……聞かせてほしいんだ。
ユキの心の声。
苦しいのも、弱いのも、全部……」
後ろでレオナがそっと呟く。
『……コウ君……』
その声には泣きそうな安堵が混じっていた。
ユキはまだ言葉を出せない。
うつむいたまま、小刻みに震えている。
それでも。
逃げない。
壊れそうな手で、
俺の腕をそっと掴み返した。
言葉じゃない。
でも、それは“初めての返事”だった。
長い沈黙。
俺はゆっくり問いかける。
「……まずは、帰ろう。
暖かい場所で話そう。
これからのこと、一緒に考えよう」
ユキは、こくりとーー本当に小さくうなずいた。




