第15話 理想の家庭
ユキの母親の話を聞きながら、俺はずっと息をするのを忘れていた。
暖かい家庭で育った俺には、理解できなかった。
ユキの“泣かない理由”も、“無理な笑顔”も。
それがどれだけ痛いものなのか……想像すらできなかった。
だけど、ひとつだけ確かに分かった。
(……この人はユキを愛していた。
いや、今でもーー愛してるんだ)
震える手で涙を拭いながら、ユキ母は微笑んだ。
「あなたのような人が……ユキにいてくれて、本当によかった……」
その瞬間だった。
心臓が、痛いほど大きく脈打った。
(ちがう……)
(俺は……俺はそんな“正しい人間”じゃない)
胸の奥で、警報のような音が鳴り続ける。
ユキ父の言葉。
押しつけられた「理想の家庭」。
ユキの“いい子の笑顔”。
(もしかして)
(……俺も、同じことしようとしてたんじゃないのか?)
(“こうあるべきだ”を、ユキに押しつけて……
気づかないうちに追い詰めてたんじゃないのか?)
喉が震え、言葉がこぼれ出た。
「お母さん、それは違います……!」
ユキ母が驚いたように顔を上げる。
「え……?」
「今の俺じゃ……ダメなんです!
“守る”なんて、言える立場じゃない……!」
胸が苦しい。ハァハァと呼吸が乱れる。
(怖い……
このままじゃ、俺はユキのお父さんと同じ道に進んでしまう)
(ユキのためじゃなくて……
“自分の理想を満たすため”に、ユキに優しくしてたのかもしれない)
俺はテーブルコーヒー代を置く。
そして席を立ちながら頭を下げた。
「……話していただいて、ありがとうございました」
ユキ母はきょとんとしたままだった。
喫茶店を出ると、レオナがすぐ隣に寄り添ってきた。
緑の瞳が、俺の心の奥まで見透かすように静かだった。
『……行くの?』
「……行く。今すぐ、ユキのところへ」
歩き出そうとした瞬間、足が震えた。
息が荒い。胸が焼けるように熱い。
『コウくん、無理しなくてーー』
「無理じゃない……!
今の俺は……ユキの“笑顔の理由”から逃げてたんだ」
俺は全力で走り出す。
目の前の視界が揺れる。呼吸が苦しい。
(行かなきゃいけない)
(ユキの“本当の気持ち”に触れなきゃ)
(俺が……怖がってどうするんだよ)
『……コウくん』
後ろで、レオナの小さな声がそっと風に混じった。
『やっと……向き合えるんだね』
その言葉が背中を押した。
(ユキ……待っててくれ)
(今度こそ……“君をちゃんと見つけるから”)




