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彼女の運命を変えるために、ボクは何度でもやり直す  作者: 末次 緋夏


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第14話 たどり着いた答え


 ユキの母親はぽつりぽつりと話し始めた。

ゆっくりと言葉を選ぶように。だけどとても丁寧だった。


「最初はね、私もあの子を愛していたの。

 あの人も、それを楽しみにしていてくれたわ。どんな子かなって……」


 昔を思い出すように、どこか遠い眼差しだった。

その顔は間違いなく「母親」の顔だった。

レオナもその表情をじっと見つめていた。


「不安もあったわ。

 私自身片親だったから、ちゃんとこの子を愛せるのかって。

 でもね、お腹にいたユキが動くたびに思ったの。

 “私が守らなきゃ”って」


 そう話しコーヒーを口にする。

その後も、ゆっくりではあるが確かに語り続けた。


 急な帝王切開でお互い命の危険があったこと。

寝て起きたとき、ユキが無事でほっとしたこと。

初めて熱を出して不安になったこと。

……そして初めて「ママ」と呼んでくれた日のこと。


 まるで昨日のことのように語るその声音は震えていて、

ユキ母は涙を流しそうになっていた。

それを聞く俺も、目尻が熱くなっていた。

横に目をやると、レオナも同じだった。


「おかしくなり始めたのは……」


 そこまで言うと、ユキの母親は言葉を探すように視線を落とした。

爪につけた薄いラメが光を受け、かすかに揺れる。


「……ユキが三つを過ぎた頃だったわ」


 その声は今までよりずっと細く、弱かった。


「夫……あの人はね、“理想の家庭”にものすごくこだわる人だったの。

 家は綺麗で、会話は明るくて、子どもは素直で、笑顔で。

 “普通の家庭なら当たり前だろ”って、よく言っていた」


 その言い方は、どこか恐れているようだった。


「最初はね、私も協力しようとしたのよ。

 だって、あの人はちゃんと働いてくれていたし、

 家族のために頑張っていると思っていた。

 ……でもね、気づいたの。

 あの人のいう“普通”は、普通じゃなかったって」


 コーヒーカップを持つ手がカタカタと震える。


「ユキが泣くと、“なんで泣かせたんだ”って責められた。

 風邪を引けば、“管理が甘いからだ”。

 夜泣きすれば、“お前が甘やかすからだ”。

 私は……怖くなったの。

 私が何をしても“間違い”にされたから」


(……ユキも同じだ)


 胸がざわりと揺れた。


「だからね……ユキが笑うようになったの。

 泣くと私が責められるでしょう?

 だから、泣かない子でいようとしたの。

 “いい子”でいなきゃって……」


 喫茶店の空気が一瞬で冷えた気がした。


 ユキの“無理な笑顔”。

“ありがとう”と“ごめんなさい”ばかりの癖。

褒められると怯える表情。


(……全部、ここが起点……?)



「私は……あの子を守れなかったの。

 あの人の機嫌を取ることばかり考えて……

 ユキのこと、ちゃんと見てあげられなかった」


 唇を噛み、どんどん涙がこぼれ落ちる。


「気づいたらね、

 “ユキの笑顔を見るのが辛い”って思うようになってしまって……

 “私がいるからユキが苦しむんだ”って……」


 震える手で口元を押さえた。


「だから……逃げたのよ。

 最低よね。母親失格よね……」


 違う、そう言いたいのに声が出なかった。

隣でレオナがぎゅっと膝を抱え、泣きそうな顔をしている。

今にも「やめて」と叫びそうなほど苦しそうだった。


 ユキ母はハンカチで涙を拭い、小さく息を吸った。


「……私自身ね、あの人の“圧力”に、もう耐えられなくなってしまったの」


 ぽつりと落ちた言葉は、深い傷そのものだった。


「“いい母親でいろ”

 “完璧な家庭を作れ”

 あの人の理想に合わせて生きるのが……もう無理だった。

 毎日、息ができないみたいで……」


 視線が揺れる。俺はそんなユキのお母さんにどう声を掛ければいいのか分からなかった。


「ユキが笑うたびに胸が痛かったの。

 泣かないように頑張っているのが分かるから。

 “いい子”でいようとしているのが分かるから」


 母親の手が震え、そして。


「十二歳の夜……また責められたわ。“ユキが弱いのはお前の教育が悪い”って」


 ユキのお母さんの涙が落ちた。


「……そのとき、思ったの。

 “ああ、私が壊れてしまう”って」


「だから逃げたの。

 最低限の荷物だけを抱えて……

 あの家から逃げ出したの」


 静かに落ちる沈黙。カチカチと時計の音だけが耳に頭に響いた。


「本当に、最低の母親よね。

 守るべき娘を残して、自分だけ……」


 その声は、十年以上の後悔を抱えたまま生きてきた人の声だった。


「でもね、コウくん……

 本当に、限界だったのよ。

 あの人の“理想の家族”の中で、生きるのが」


 ユキ母は涙で滲む目を向けた。


「私はユキが大好きだった。

 今でもきっと好き。

 でも、あの家にいたら……その“好き”さえ壊される気がしたの」


「私が壊れて、ユキまで壊してしまう前に……

 家からいなくなるしかなかったの」


 その言葉に胸の奥がぎゅうっと縮む。


「……あの人の親戚も、同じだったわ。

 何かあると“母親なんだからしっかりね”。

 “次は男の子だね”。

 そんなことばかりだった」


(……あの葬儀の時)


 脳裏に焼きついた光景がよみがえる、あの冷たい視線。

ユキ母を見るあの“異物を見るような目”。


(あれは……そういうことだったのか)


(俺は勘違いしていた……?

 ユキ父は……自分の物語だけを語っていた?)


 俺の胸が熱くなる。

それは怒りではない、同情でもない。


気づいてしまった感覚。


その瞬間。

隣で縮こまっていたレオナが、ゆっくりと顔を上げた。

緑の瞳が、まっすぐこっちを射抜く。


『…………コウくん』


かすかに震える唇が、静かに言葉を落とす。


『やっと……たどり着いたね』


 その声は泣いているようにやわらかくて、

でもどこか“ずっと待っていた”ように静かだった。


『ずっと遠回りしてたけど……

 今のが、本当の“最初の鍵”だよ』


胸が大きく波打つ。

何かが、ここから動き出す。


そんな予感と共に、俺は息を呑んだ。




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